クイーンの気持ち

 仕事に集中するためにわたしは無線をオフにしようとするけれど、


<アルカナムにひとりで戻ってきたブレインは涼しげな笑顔をしていました。みんなから非難の声が上がろうと彼は笑顔でしたのよ>


「なにそれ、ビショップと同じでブレインもマゾヒストなの……」


<だといいのですけど……何か不気味なものを感じてしまいました。彼の匂いや色や音は未熟で、裏社会に慣れた特異人わたしたちには薄く感じる。なのに――あの時の彼は誰よりも濃かった>


 特異人の持つ第六感シックス・センスは五感に影響を与える。クイーンの言った通り、わたしもブレインを見た時に違和感を覚えた。裏社会に慣れてもいないのにわたしよりも<濃い臭い、はっきりしない色、よく響く音>。他の星から遠路はるばるやってきたような変人だと感じた。


「裏社会にブレインのような特異人が来たのは初めて。だから一時的に感覚が狂ったのかもしれない。それにブレインが危険な特異人なら裏の政府も黙っていないでしょ……」


<気のせい…………そうよね。何だかカラダの調子が悪いのよ――彼を見るとモヤモヤしたり、彼がイェーガーと話しているとところを見るとイライラして、最近変なの。彼について知るためにイェーガーからアクションを起こせませんか……>


 それを聴いたわたしは「は?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。


 彼女は真面目な話をしている。わたしはそう思っていたのだが、それは勘違いだったようだ――いいや、もし彼女が子孫を残そうと考えているのだったら真面目な話になるだろう。


 結局はクイーンも乙女であって、ひと目惚れするような女であった。


(恋愛相談なんかのために無線を私的利用するな! ガキンチョ)。とうんざりしたわたしは、


三強トリニティのくせに、あなたの自信のなさって唐突にくるわね。ブレインの事が気になるなら話してみればいいじゃない、わたしが詮索する理由はないんだから」


<ですが彼の目的を考慮すると訊くのが難しいですし、わたしが詮索するのはプライベートの話しになってくるわけですし、裏社会の規則違反にも……>


「――それで『ブレインを調べて』とか言うなら、わたしが規則違反になるんだけど」


 そう言ってやると、無線からは乙女の唸るような声だけが響いた。


<芽吹く春、生命の樹に花が咲く>。わたしに届く依頼に「春よこい」などと呼ばれるものがある。<春の訪れと、小さないのちの誕生>についてかっこよく言ってみたけど、要はわたしの可視化ヴィジュアリゼーション・スコープを使って『気になる彼もしくは彼女が自分をどう思っているのかとか、恋愛遍歴などについて調べてほしい』というプライヴァシーを犯す依頼があるのだ。その依頼人の中には、少子化対策だ、なんて言う連中が安い金でわたしをこき使おうとするのも事実、けれどわたしが動くのは大金を積まれた時だけ、だから犠牲になるのは少数で済んでいる。


 可視化による最高の信頼性でわたしのビジネスは盛り上がっている――それでだ、わたしのビジネスを邪魔しようとする輩が可視化計画ヴィジュアリゼーション・プロジェクトなんてものを動かそうと考えているわけだ。その計画進行のために、『イェーガーを誘拐してカラダをいじくり回そう』って、気持ち悪い妄想をする連中がわんさかいる。来るなら来てもらって構わないけど、裏社会は命の保障ができないビジネスばかりなので、現在わたしが生きていることがわたしの実績となっている。

まあ計画や夢想家はどうでもいいけど、クイーン様に大金を積まれても土下座で頼み込まれても、わたしのビジネスを今より盛り上げるわけにはいかない。


〝お金や、さてお金や、お金や〟やはりお金は死語にはならないし、死語にするのは勿体ない。


〝Dリストや、さてDリストや、Dリストや〟ということでわたしは仕事に戻ろうと、


「そろそろ標的を削除しないといけないから切るよ――まあ、お話しでもしてみればいいじゃない……ひとりで何もできないお嬢様は箱の中で腐るだけよ」


<ふふっ、それは残念。では今日のところは失礼します――グッナイ>、とクイーンからあっさり返ってきたのでわたしは無線をオフにしてから<お休み中>に設定した。

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