到達者

「つまり、あなたたちは命令で動いているわけじゃないのよね……」


「『そういうことさ』と言いたいところだ」


「特異人として生まれたってことは、おれたちに自由はない――」――けれど、とビショップは続けて、


「おれたちの組織は抗えるんだ。『裏社会』とかいう小さいゴミ箱を無かったことにできる」


「あなたたちの組織って……」


 余裕を見せるためわたしは涼しい顔で訊く、が、実のところ表情の維持はできていなかったと思う。可視化ヴィジュアリゼーション・スコープを使い続けているせいでわたしのカラダは疲労デメリットに見舞われている。それに加え日常的になりつつある頭痛の組み合わせは四苦八苦だ。


「つらそうだねミス・イェーガー。そんな状態でちゃんと記憶できるのかな?」


「さっきまでジジイの話に付き合わされていたせいだろ、第六感の過剰反応は脳機能の上限越えオーバーフローとして発現する。まぁ下位能力者キャパビリティの分際で上位能力者キャパシティに過剰な接近をしたのが悪い」


「ミスター・ビショップその解は急ぎ過ぎだ。一つ仮説があるだろう?」


「ははっ! まさか、新たな【到達者】の具現化とでも? あり得ないだろ」


 わたしが銃を向ける状況でけたけたと笑う彼らは正気だと思えない。


 パン、という高い音。その瞬間、悲鳴と共に彼らの近くにあったワイングラスは粉々となった。わたしは、わたしの持つ銃は飾りではないということを証明してやった。


「――質問だけに答えろ! あなたたちの組織って」


 わたしは急いでいた。なぜ急ぐかって? この先に待つ未来を知っているから。


<クスリとアルコールと悪臭と人間>、それらを物語の王様にマスキングされないうちにと、わたしは急いだ。


<stage>『【シンフォニー】』


 両腕を広げる彼らは歓喜の声音を重ねた。


「シンフォニーの王はいつも世界のことを考えている」とドク。


「つぎはぎのシステムも、生命維持のシステムも、無意識のシステムも……王は全てをコントロールできる」


「だが……最近の王は<このセカイ>を軽く見ている。『不要な意識』だと人々を選別している」


「だからおれたちは――いや、このセカイで生きる<意識ある者>は王を討ち取らなければならない。シンフォニーに新たな王を誕生させなければならない」


『悪意のセカイに生まれたとしても――このセカイを〝殺されてはならない〟』


 そう話したドクとビショップの瞳には疑いようもないヒトの意志が宿っていた。


〝たった一つの冴えたやりかた〟それを自分自身の禁止として掲げているのだろう。


「……あなたたちはシンフォニーの裏切り者ってこと」この質問が彼らに向けたわたしの最後の質問になる。


 彼らは首を横に振る。<否定>という形でわたしの最後の質問は呆気なく済まされた。


「美しき狩猟家よ。特異人として生まれて、特異人として歩んで、特異人として恋をして、一度は考えたことないかい? 〝我々は何のために生まれてきた……〟と」


「『上を目指すため』『種の繁栄』と答える人間もいれば、中には『どうでもいい』『悩む必要は無い』と答える人間もいる。つまり、一度は考える命題だ」


「生きるとはなんなのか? 意識がある目的はなんなのか? 生物の文法は間違っていないのか? 初めから裏切られていたのならそれは裏切りと言えるのか……」


「<利己的、利他的>。裏切りという言葉にはその二つがある」


 そう彼らは話していた。


 可視化の分析は既に機能していない。


 小さじ一杯・わたしは真偽の判断ができないまま彼らの話を聞いている。


 大さじ一杯・わたしは記憶することを考えず、朦朧と……「わたし」の意識を維持した。


「ミス・イェーガー、君は我々と来るべきだ」


「おれたちには意識ある者が必要だ」


 差し出された彼らの手は、VIPルームここの人間たちと同じような「ケモノ」の手だ。


 誰かに必要とされた。それは嬉しいことだけど、当のわたしといえば、


「……わたしには約束と目的がある。だからこんなところで立ち止まれない」


 そう示したわたしだけどトリガーを引くことを躊躇した。この時、わたしは信じたくもない未来を見ていたのだと思う。

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