S&S

 ……シュメルツ部隊のオフィスを飛び回る一匹の蠅はブレインとわたしを行き来していた。


 最近多い頭痛に加え、うっとおしい蠅――そこで一層苛立っていたわたしは、ハンドガンを取り出して蠅を撃ち落とした……というより撃って粉々にしてやった。


 その行動がまずかったらしく、シュメルツ部隊の連中は「虫ごときで銃を使うな!」だの「今日は帰れ!」だのとわたしをオフィスから強制追放してくれたのだ。


 Xの件で追い込まれているというのにひどい扱い。とはいえ、わたしの脳内を駆け回るXの情報は<実体の見えない何か>、扱えるアイテムは銃と役立たずのブレイン――だから、その情報量と条件を理解している連中はわたしの諦めムードに気づいているのかもしれない。本気で諦めてはいないけど、そんな雰囲気がオフィスを包んでいたのだと思う。


 気づけば、上層部が約束してくれた期限――Xの情報公開――は明日に迫っていた。


そんなこんなで、気分の悪いわたしといえばだ…………


<特異人女Aミラ:「こんばんはイェーガー、それと――こんばんは<最弱の王様>。今日は観戦しに来たの? それとも例の特異人について調べに?」>


<特異人男Aガッヅ:「おやおや? イェーガーじゃないか! まさか、最弱の王様と並んでいるところを生で見れると思わなかったよ! よろしくよろしく! はははっ!」>


<特異人男Bシック:「声でかい、情報古い。最弱の王様も面白いけど、いまはシュメルツ部隊を踊らせた<後天性特異人(仮)>の情報が旬だぞ」>


 シュメルツ部隊が二連続でやらかした「削除失敗エラー」の話は結構広まっている。それと同じで、時間と共にXの噂は広まりつつあるらしい。


 過剰競争へのプログラミングはほぼ終わっている。残る作業は、Xの削除報酬設定とデバックで誤りを取り除くことだけ。仕事量はかなり多いだろうが、裏社会ならやってくれるだろう。


 こうして追い込まれたり追い出されたり、好きな匂いだったり嫌いな臭いだったり、ロック音楽だったりクラシック音楽だったり…………と話を戻して、気分が悪いわたしといえば、


 シュメルツ部隊のオフィスから追放され。


 アルカナムビルの屋上から夜の街へ。


 夜の街からクラブハウスへ行くことになっていたのだ。行くことになった経緯は、ブレインから誘いが来ていた……というのは冗談。クラブハウスへ誘ったのはわたしで、プライベートなものではなく仕事だ。


 健康なカラダは<働いて、働いて、働いて>。正規特異人はみんな働くことしかできなくて、社会貢献の下で他の選択を禁止されている。


<li:上位超感覚能力者エピ・エクストラセンソリー・キャパシティからの情報収集> それが社会貢献。そして唯一わたしが選択できたもの。


 ――Xを見つけ出して、椅子に縛りつけて弾丸をカラダに浴びせてイジメてやりたい。


 そういうわたし個人の欲を仕事と絡ませ、『訪れよう』と決めた裏の住人専用のクラブハウス――スウィート&S《スパイス》――は、歓声とけばけばしい女とクスリとアルコールと甘ったるく腐った臭いと、その他諸々が混ざったヘンタイしかいないような場所だ。


 そのS&Sで、


「アルカナムの犬がここに来るのはレアだな、しかも潔癖なイェーガーと裏社会でおすわり期も迎えていない最弱の王様とはねぇ」


「はははっ、裏社会見学ならクイーンを連れてきてくれよ。イェーガーじゃあ愛想がない、最弱の王様も不満そうな顔をしているぞ?」


「いやいや、不憫なのはイェーガーだろう。こんな使えないゴミを部下に持っているんだ」


 と、絡んでくる雑魚AやらBやらCやらにわたしはことばを返さず中指を立てて見せる。


 最悪の気分だ。


 わたしの隣で名無し共にペコペコ頭を下げるブレインがとても惨めに見えてしまう。しかしそれが上手くやり過ごす方法であり、人間社会の安定性思考。つまり動物的ストレスの発生。


 はあ、最悪だ。


「甘みと香辛料とは少し違う。言うなれば、砂糖シュガーソルトのような場所ですね」


「そうね、あなたの頭がおかしいのは分かっている。けれどここは甘くもしょっぱくもない」


「そうでしょうか……ぼくにとっては素晴らしい場所です。甘く可愛らしい感情を表現できるヒト、正直な塩辛い発言。表社会であれば優しい声音で『次は頑張ろう』とか『やればできる』って言ってくるのに……あんなにハッキリ『ゴミ』と言われたのは初めてです」


「あっそ、わたしが不愛想で悪かったわね――マゾヒストの王様」


 と返してやったわたしの感情は<プンスカしている>、という可愛い表現を使っておこう。


 最悪の気分……だけど、ブレインが隣にいると自然と落ち着くし、認められているという感覚を味わってしまう。そう、悪い気分ではなくなるのだ。


(似合わない感情と大罪と言の葉)と浮かべるわたしは気分良く歩いていた。

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