VIP

<目的の場所:VIPルーム  目的の人物:完成体エピ>


 わたしたちが厳重な警備を敷くVIPルームに入ったのはすぐだ。簡単に入れてもらえたのはわたしが上位ランクの有名人というのもあるし、VIPの御偉いさん方がブレインに興味を持っていたのもある。


 ブレインに価値はないが、価値がないぶん裏社会のVIP連中は価値ある物として見ている。価値ある物――例えば工作員スパイとか実験台とか、イヴィル・ハンティング以外での使い道だ。


 倫理の堕落、道徳の堕落、人間の〝人間〟。そういう連中がのさばるVIPルームは、本棚とクラシック音楽とブラッド・スポーツ観戦スクリーンという娯楽に加えて、リッチな装飾が施された如何にも違法の下で造られたような部屋になっている。

〝人間による、人間のための、人間化されたセカイ〟。金の力と権力と<ある人物の力>、それらを視覚や聴覚や第六感で読み取れたわたしは仕事を早く片付けようと歩く速度を上げた。


 途中、わたしの瞳に映った様々な人――裏社会の未来を考えている連中――は、無意識のような微笑みと人形のような動作をしていて、まるで、


「――まるで、特徴のないケモノ、もしくは無意識の幸福に抱かれる人……。そんなことを思ってしまうほど不自然な人たちですね」


 とブレインはわたしにささやく。


 どうやらわたしの思っていたこととブレインの思っていたことは同じようだ。機械的な行動、ヒトがヒトを傷つけないように配慮する姿勢。人間が背負うはずの<大罪>、その一切を消し去ったような人がわたしとブレインの瞳に映し出されていた。


 一本どうかしら……、とVIP席とは別の招待席の女から注射器を示される。


 わたしとブレインは失礼のないように断る。すると女は、「これはヒトを気持ちよくする物質。わたしは受け入れた……けれどよく考えてみればあなたたちのように断った方が正解だったのかもね」そう言ってから、持っている注射器の針を自身の腕の静脈に打った。


 何回か見たことのある光景だ。<幸福>を味わうためにヒトであることを捨てる瞬間、いいや、元々ケモノだったヒトが「ケモノ」になる瞬間だ。


 あの注射器に詰まっている物がここの人間を幸福なセカイに導いているのは事実――しかし、クスリの力だけではない事を特異人わたしたちは読み取れる。


 そこでわたしは歩みを止めた。


「これが完成体の力ですか……」


 …………と、訊いてくるブレインを無視していたら、目の前の老爺ろうやは、


「特異人というだけで虐げられてきた、完成体というだけで虐げる側となった。聴覚からの幸福、視覚からの幸福、嗅覚からの幸福、人間へ与える幸福は物質で操作することが可能だ――そして、完成体は物質を操作することが可能だ」


 そう話した爺さんこそ今回の目的に設定した人物――完成体――だ。


 わたしはその偉そうに座る爺さんを見て、「つまり完成体は物質である人間を人形のように操ることが可能だと……」と訊く。


 それまで渋い顔をしていた爺さんはニッコリとしわくちゃな笑顔になって、


「はははっ、人間を思うままにコントロールするなんぞ完成体の領域を超えておるだろう。この場でわしがやったのは――<人間としての欲望の解放>にすぎん」


 聴いたわたしは呆れたうえにため息をついた。


(そんなことを出来るのがおかしいのに、このクソジジイは何を言っているんだ? 欲望の解放なんて報酬系を操っているようなものだろうに――イカれクソジジイめ)


 似合わない笑顔をし続ける爺さん、わたしはその真ん前の席に座る。差し出された一杯の赤ワインをいただいた時に、爺さんがむかしと全く変わっていないことに気がついた。


 むかしの話、わたしはこの爺さんに何度か会っている。その時と風貌も威厳も健在のようで、変わった点を見つける方が難しい。

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