ろくでもない社会

「いいじゃないですかー、可視化って。いろいろ見えちゃうんでしょー?」


「使い方によっては権利を侵害しかねません……しかし、羨ましいという言葉が適当ですね」


「そうそう、興味ある男のペニスも簡単に見れちゃうしさー」


「『性的に交わりたい』、という人間の欲求がイェーガーにもあるならですわ」


 そう話す彼女たち。食事中だというのに性的な話を何の感情を表さず持ち出してくるのだから一般人は驚きだろう……が、わたしにとってはいつものことだ。


 だから、彼女たちの会話を聞いているわたしは冷静にこう言ってあげる。


「何回も言うけど、可視化なんてそんなに良いものじゃないのよ。それにわたしの欲求は――上を目指す欲求だけ。ピラミッド型の一番下から一番上まで全部それで埋め尽くされているの。それ以外はピラミッドの構成要素に含まれないアウトカーストなのよ」


 つまりはそういうこと。他人に興味を持ったとしても、「わたし」は「わたし」以外に深く興味を示すことはない。彼ら彼女らのプライベートなんて、わたしの物語に影響のない紙芝居。


 わたしから見た他人の物語は薄っぺらの幸福で語られている。そこから描かれる絵はカラフルなものだけど、何か足りない……まるで死んでいるような作品だ。


「イェーガーの性格は淡泊なのか濃厚なのか考えさせられます。一度精神科で診てもらった方が良いと思いますわ」


「若い乙女がそんなことを言うものではありませんよ。《太宰治の人間失格》……じゃなくて、イェーガーの場合は乙女失格です」


 と言われ、わたしはおかしくて笑った。


 GG国出身の太宰治の小説がマスコットの口から出てくるとは思っていなかった。女遊び、アルコールにドラッグ、そして精神病――裏社会の日常は人間失格だと言える。しかしわたし個人といえば、男にも薬にも興味はないし、精神病になるだけの繊細なこころも持っていない。ほろ酔いできるアルコールは欲しいのだが、目的よりも欲しいものなんてない。


 マスコットの言う通りわたしは乙女失格なのだろう。


「精神的には乙女失格でも困らない。ただ、肉体的に困るのは月の物がくること」


 ――ていうか、裏社会で出会いなんてあるはずないでしょー? ろくな男も女もいないセカイなんだからー。と、棒読みでつけ加えたわたしの声はシュメルツ部隊の休憩室全体によく通ったはずだ。


「表も裏もあまり変わりませんわ。主に裏の人間は身体的に殺しますが、表の人間は精神的に殺すことが重要となります。社会から排除するために、表の舞台ではコミュニティ外にいるひとりの人間を虐げても構わないということ――つまり、仲間外れだと生きていくのが大変らしいです」


「ほーん、表のセカイは『陽気で陰気』って矛盾をはらんでいるんだねぇ。そりゃ自殺もしたくなりますよ。あははは!」


 そうやって、退屈に言ったクイーンと大笑いするマスコット。彼女たちにとっては、表も裏も最低な人間しかいないらしい。確かに、それが心理でもあり真理でもあるのかも。


「禁止されたことば、禁止された文法。表っていうのは縛りが多くてストレスの塊。ってな感じで、裏も十分にストレスの塊ってことか」


(心理的や社会的な欲求)、言われてみれば裏の人間も表の人間も変わらないのだろう。身体的または精神的に満たされない欲求からなのか……マスコットの言った『自殺』というワードは表からも裏からも死語として扱われる日は来ない。

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