たった一つの冴えたやりかた
太宰治の死因は自殺だった。自殺は罪だと言い自殺者のカラダを民衆に晒す歴史もあった……わたしからすればその歴史は現在を生きる者の自慰行為に等しいし、実に人間的だ。わたしの主観で語れば、昔も今も自分を殺すことは罪ではなかったということになるだろう。
本当の意味で自殺したヒトを裁くことができない世の中、だから自殺は悪いことではないのかもしれない。
「わたし」もしくは「ぼく」は――『社会や世界の資源ではない』そう話すヒトが自殺に走りやすい世の中。そのセカイで自分自身の意識を確立させる行為は自死への第一歩になるのだ。
「表のセカイも裏のセカイも『世界』の一部にすぎないのですね」と言ったのは、わたしたちに使い走りにされたブレインだ。その彼は追加のお菓子をテーブルに並べながら、続けて話す。
「その広すぎる世界に用意された〝《たったひとつの冴えたやりかた》〟……もし、自分ひとりの『いのち』を犠牲にすることで世界と今生きている全ての生物を救えるなら、あなた方はどうしますか」
と質問するブレインは涼やかに微笑む。たぶんだけど、ブレインは相当な馬鹿だ。
「わたしは、愛する者を殺してわたしも死にます。愛した者とわたしの鮮血が混ざる幸福、それを味わいながら世界と未来の人々を救えるなんて……クイーンのわたしにピッタリ」
「うえぇ、クイーンのそれは最悪だよ。ここでの最適解っていうのは――ひとりの人間、つまり自分を犠牲にしてでも社会や世界を守ることです。大多数の人間に幸福を導けるのなら、世界の救世主にでも英雄にでもなんでもなりますよ」
と、彼女たちは真剣に言っているのか……可視化を使っていないわたしには分からないがそういうことらしい。
クイーンとマスコットの答えを聴いたブレインは、最後を飾るのはあなたです、とわたしが無視できない状況を作る。
倫理的な問題なのだろう。トロリー問題みたいなものだ――何もしない? 多くを助ける? 多くを犠牲にしてひとりだけで終末を生きる?
どんな答えであろうと「自分」という存在を社会や世界から拒絶されている。
どこの企業の面接だか知らないけど、わたしの答えは、
「
いたってシンプルかつ最高善。他の意識を感じ取れないヒトという生き物は、他の意識を「無」として扱っても道理にかなっている。「痛い」という言葉にも精神的なものなのか肉体的なものなのかを他者はその瞬間には判断できない。自分にしか理解できない文法の痛みがあるのだ。
つまりわたしは「他者は関係ない」――それがたった一つの冴えたやりかた。
我ながらクールで面白い答えだと思うのだが、視線の先の男は微笑んだまま、
「そうですか……自由の解、平等の解、博愛の解。《
この男の言いたいことがわたしには解らない。だから、威嚇するように、
「はあ? フランス革命のスローガンを持ちだされたところで理解できないんですけど――さっきの問題に解なんてないでしょ。それに素晴らしい心だぁ? 他人の心を理解できるほど特異人は進化していないのよ!」
と、無駄なカロリーを使ったわたしはブレインが買ってきた『禁断の果実』というお菓子の袋を開けて、サイコロ状のそれを口に含んだ。
(口溶けは高評価。舌触りもなめらかでわたし好み。ただ、甘さは控えめであって赤点だ)
この時間だけは甘く過ごしたいわたしはブレインに文句を言おうとするけれど、彼はそれをさせてはくれないらしい。
「最も甘い果実は禁断とされたらしいです。それは、ケシの実から採取される汁を利用した物なのか。それとも、生物の持つ愛なのか。人生における『禁断の果実』、それをどのように選択するかは自分自身の意識次第――たった一つの冴えたやりかたなのかもしれません」
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