セカイ

 どっ、と床に倒れる鈍い音が聞こえ、わたしはその音のした方に振り返る。そこには爺さんとブレインが倒れていて、赤ワインの色ではない色がふたりに付着していた。


 咄嗟に、テーブルを横倒しにしてブレインと爺さんを男達から視認できないようにする。裏社会ではよくあることだから、どういう状況かは理解できている。


 わたしはテーブルの裏でホルスターから銃を引き抜いて弾倉マガジンを込めた、そのとき、


「ばかたれが……死にゆくジジイを助けたところでこの先に良いことはないぞ」


「……良いことがないのはわかっています。でも、それが『ぼく』なんです」


 撃たれたのはブレインだけ。わたしは可視化を使って撃たれた部分を診る。


 爺さんに当たるはずだった弾丸は、盾となったブレインの肩と腹部の二か所を抉った。幸いなことに臓器は傷つけられていないようだ。


「運が良かった」と懲りていなさそうな微笑みをするブレイン。


 そんな部下に対応するため、わたしは感情を込めず、


「その運はわたしが与えた物だって理解しているんでしょ? 防弾スーツじゃなかったら臓器はぐちゃぐちゃになっていたのよ。体を張って爺さんを助けたのは尊敬する、けれど――もっと自分自身を大切にして」


 …………あなたは裏社会で生きるのには向いてなさすぎる――そうつけ加えさえしなければ、わたしは教育者として<叱る>、ということができていたのかもしれない。


 それから、爺さんにブレインのことを頼み、わたしは銃を構えて立ちあがった。


 わたしの知る男たちはVIPの要人連中に向かってこう言っていた。


「秘密権力の目的、シンフォニーの目的、裏の政府の目的。それらの目的は複数の単語を使っての説明は不要、シンプルな目的なのさ」


「そのシンプルな目的は――未来だ」


<ドクとビショップ>、それがトリガーを引いた男たちの正体。そのふたりは、もう用済みだ、とでも言っているかのようにわたしたちには目もくれない。


「意識を噛みしめ立ちあがろう。このセカイで生まれた者と共に歓喜の輪に加わるのだ!」


「あんたたちは抗えるはずだ。この物語が悪意による物語なら――」


「――あなたたちはどうしてネクロスを狙うの」


 ぺらぺらと主の教えを広めるのは結構なことだが、わたしは一つの質問をしてふたりの活動を妨げた。


「いい質問だ、ミス・イェーガー。我々の行動はこのセカイで生きる者の意志なのさ」


「母の物語も父の呪縛もおれたちには関係ない。このセカイにおいて、『おれビショップ』という意識は<無意識>ではなかった」


 と、へんてこな回答を聴いたわたしは彼らがどこかの組織に洗脳されている事を疑うのだが、可視化での分析結果は正常値の図表しか示されない。


(爺さんが黒なのか、それともドクとビショップが黒なのか……)


<白と黒>。この時のわたしは物語も舞台も<このセカイ>のことも何も知らなかった。

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