裏社会へようこそ、もちろん競技はヒト狩りです―旧劇

笑満史

狩猟家

/*終焉の前触れだったらしく、わたしは最近まで頭痛に悩まされていた。もちろん、これまでの道のりで悩むことはあった、けれど悩む必要がないくらいの幸福を与えられていた。


 でも、わたしに生まれたこの感情は悩みしかないのだろう……うん、きっとそうだ。


「〝ぼくとあなたは少し似ている〟」


 と、わたしの隣にいる男は言った。


 ――少しも似ていない。そう思った時、わたしは何気なく雲一つない夜空を見上げていた。


 今の今まで必死に生きてきて、わたしの人生は退屈でしかなかった……なのにどうして、今さら人生やこのセカイマリスを惜しんでしまうのだろう。


 これは不思議のセカイに迷い込んでしまった者たちの物語。表のセカイが似合わないわたしと裏のセカイが似合わない彼の物語。どう足掻こうと対立する運命の物語だ。*/




 今日もわたしは、大切な物――【花柄の栞】――と共に夜の腐った風を肌に感じている。


 街はいつもと変わらない。人工的な光はロマンチックでありエロチックなもので、その下にいる成人した男女は騒いでいるに違いない。


 愛のある行為やら愛のない行為やら、カラダを買うやらカラダを売るやらわたしには関係ない話だ。ただ、大前提として<成人したヒトである>というのが重要になってくるわけだ。両方が未成年であれば見逃してやってもいいが、片方が成人で片方が未成年だったらアウトだ。アウトの場合は、わたしのカラダに持て余している十数キログラムのスナイパーライフルで牽制、もしくは撃ちぬかなければならない――見てしまった時に限り、という条件付きではあるが。


 それが意味するのは、一般的な職業ではないということだ。


 この街を流れる夜の風と同じように甘ったるく腐った臭い、それに加えて火薬とアルコールの臭い。それらの臭いはわたしの職業を説明する上での比喩表現にすぎないわけだ。


 臭いでも、色でも、音でも、普通とは違う職業。特異なヒトは気づくだろうが一般人であればわたしの穢れた臭いに気づけない。


 二十四歳の乙女。そのわたしにピッタリな職業というものは――


<グッモーニン、ミス・狩猟家イェーガー>


 とビルの屋上で景色を眺めているわたしは、無線から届く陽気な女の声を確認した。


「まだわたしの朝の挨拶には早いよ。あなたの勤務時間は朝の挨拶だろうけどね」


<イエスイエス。午前一時というとかわいい子供たちは熟睡し、大人たちはドリームワールドに突入していることでしょう。なんといっても一般人は連休――ではない人も中にはいますが、溜まったものを排出しなければ生き物やってられませんよ。あぁ、久々にアルコールでほろ酔いどころかべろんべろんに酔いたいです>


「ふふっ、わたしたちにストレス発散できる休みはないけどね。ま、わたしの場合はある程度のストレスを発散できているわけだけど」


 無線からでも後輩の悲痛な面持ちが想像できる。そんなわたしは鼻で笑い、ブラックな職場の重圧を抑揚なく言った。続けるわたしは、


「で、ターゲットは見つかったの……マスネタちゃん」


 と、仕事話のついでに後輩のコードネームをおちょくるように呼ぶのだ。


<『マスネタ』は止めてください、わたしのコードネームは体液べとべとではありません。みんなのマスコットです>と、年齢だけ上の後輩がぷりぷりしてしまったので、わたしは「ごめんごめん、マスネタにするのは威張っているだけの猿だった」とあやすように謝る。ここまではマスコットとの定型のやり取りであり、この通信を聞いている上層の連中へ向けた侮蔑だ。


「それで、標的の方角は……」とどうでもいい世間話は後にしてわたしは仕事に集中する。


<東南東、そこから一万メートル離れたところです。今はひとりで行動しています>


「十キロってここからだと無理……でもないか」

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