裏社会のお仕事
わたしは担いでいたスナイパーライフルを冷たい床に置き、照準を安定させるため
<標的は確認できましたか?>と後輩が訊いてきたので、わたしは標的のいる方角を見る。
十キロメートル……普通の人間なら人類の産物を使わない限り瞳に捉えることなど不可能であろうが、あいにくわたしは【
「視認できたのはひとりの女だけ、ターゲットって女でいいの……」
<あ、はい、女性です。派手な服を着ていて、化粧は濃くて……そうそう、ミス・イェーガーとは対照的な女性です>
ははん、マスコットちゃんはわたしのことをそんな風に見ていたのね。色気がないと言われているようで女としてのわたしは少し残念、でもわたしに合っている。
「
<はいはい…………『遂行』、だそうです>
と返ってきたので、わたしは冷たい床を感じながら
「本当に対象だろうな……前みたいなのは許さないぞ、というより失敗は許さないから」
ここでわたしはもう一度確認を取った。前回は標的ではないゴミを排除してしまったからだ。
<イエス、イェーガー。こちらビショップです。今回は正確性を重視しました、だから安心してください>と、陰気臭い男の声が入ってきた。
内気で湿気の強い男、というのがわたしからするビショップの見解だ。わたしの耳がカビだらけになりそうで最悪の気分、なのでサディストのわたしは青筋を立てるように、「はっ、何を言ってくるかと思えば、前回失敗しておきながらその自信はどこからくるんだ。おいビショップ、誰のせいで失敗したんだ?」完璧を求めるわたしはビショップへ問う。
するとビショップから、<あの、すみませんでした>と落ち込んだような声音を返してきた。
それを聴いたわたしといえば――最高の気分、この感覚だ。誰かをイジメている時のこの感覚は最高だ。集団での虐げではなく「わたし」という個人が傷ついた人間をさらに傷つけるというのは言葉にできない気持ちよさだ。まったく、ヒトというのは最低な生き物だな。
「ほんとお前は使えないよな、チェス盤のようにテキパキ動けないゴミビショップは裏社会の」
<――まあまあ、過ぎたことです。過去は過去、今は今。それにビショップなしでは見つけるのは不可能でしたのよ。そんなことよりも、ちゃちゃっと終わらせてください>
と、遮るように上品な女の声がわたしの耳に入ってきた。クイーンという女だ。
もっと快感を味わいたいわたしがビショップを攻め立てようとした矢先、助け船というには海の生態系を破壊してしまいそうな助け船が舞い降りた。こうなってしまえばお祈りの時間だ。
「わたしに祈る時間はないのですか……」
<何を言っているのよ、いつも祈ってないくせに>
それもそうだ。と、わたしはロングヘアをひとまとめにし、狙撃銃をしっかりと構えた。
「一つ訊くよ。今から撃つ弾丸ってクイーンのお墨付き……」
<もちろん。あまり力を使いたくないのですが、仕方なく一発だけ支給しました>
「つまり『一発で仕留めてください』、っていうことか。こんな屋上に配置したうえに、的が十キロ離れているっていうのに、予測下手くそかよ」
<一発じゃ当てられませんか?>
プライドを穢すようなクイーンの発言は完璧主義のわたしに失礼過ぎる。
「失敗するとでも思っているの……」
<わたしがいなくても当てられるでしょうけど、高難易度でくたくたになりたくないでしょ?>
とクイーンに返されてしまい、感情をフラットかつクールに決めていたわたしは失笑した。
「はいはい、その通りです。あなたには勝てません、クイーン殿」
わたしは棒読みで返して、自分の声と無線からの声を
わたしの握るグリップ、わたしの人差し指に当たる冷たい引き金。そして、わたしの瞳に映しだされる<どこの誰とも分からない女性>。プライベートではなく仕事、特異なヒトが人間と同じように生きるには仕事をするしかない、仕方のないことと割り切っているのだ。
「ごめんなさいね、怨むならこのセカイを怨みなさい……。それと、残念だけどあなたの感情に価値は無いみたいよ」
照準器が乗っていなくともわたしの目にはしっかりと映っている。腐りきったセカイ、腐りきった社会、腐りきったわたし――ほんと、夜の空気はわたしにピッタリだ。
「グッナイ」
わたしは引き金を引いた。
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