最弱の王様

<そして、現在>


 屋上でワインを飲むわたしは、キレートくんに愚痴を聞いてもらっていた。


「セカンドマスターの部下は機械わたしからして興味深い、いえ、憧れてしまいます」


「ロボットからしたらそうなるのか……。人間たちからしたら赤字しか記せない使えない特異人ってレッテルを貼られるんだけどね」


「しかし、誰かが損しないと社会は回らない。ある意味黒字も記せます」


「……救われないわよ」とつぶやくわたしはグラスに残る麦色の液体を飲みほした。

裏社会でブレイン並みに使えない特異人は見たことがない。底辺中の底辺よりもさらに下の階層の外アウト・ハイァラーキ。これから先、ブレインは表からも裏からも否定されて生きていくことになる。


 ブレインの入社が昨日、そして運よく重なった今日のイヴィル・ハンティングの通過儀礼。たった三十数時間でブレインはひとりぼっちになってしまった。


「共同体はかりそめだ。ヒトは孤独でいる時、本当の自分自身を意識できる。しかし――」


「――その孤独で自分を理解できたところで、真理の先にあったものは、求めていた世界ではなく書き変えたい世界だった」


 とキレートくんはわたしが言おうとしていたことを難なく予測してしまう。


「『孤独の中で今の世界を理解した、けれどそれは自分の求めた世界ではなかった。だから、世界を書き変えたい』ということですか……」


 さーね、とわたしは肩をすくめた。


 かつて、世界を変えたいと言った〝こども〟がいた。こどもが口にするのは簡単で信用にも根拠にも欠けている。将来コミュニティを築いたところで世界は変わらないし、孤独な戦いは無力だった。そう、ひとりが世界を変えたいと思っても世界は変わらない、共同体意識であっても変えられない――いつの時代も邪魔をするのは人間だった。


 他の星に逃げられたらいいのに、とわたしは夜空を眺める――そこで出た言葉は、


「……キレートくん。南東にプリーズ」


 何のことか理解してくれるキレートくんは自らの内側に隠し持っていた狙撃銃を組み立てる。組み立て終わると、わたしの言った方角にセットしてくれた。


 なんとなくだ、なんとなく<そうなる>と感じた。


<グッイヴニング、ミス・イェーガー。現在は日付変更数分前でお送りしています。起きていますか?>と無線からは元気な女性の声、と言うよりうるさいマスコットの声が響いた。


「そろそろ寝ようかと思っていたんだけど、いいや、もう寝る」


<まあまあそう言わず、イェーガーの力でパパッと終わらせてもらいたいのです――では早速、指名手配犯の位置情報を送信します。後はイェーガーのタイミングで撃ってください。わたしは寝ます、グッナイ>


 と、一方的な発言を最後に無線は切られた。


 拒否権はないようなのでわたしは狙撃銃を構える。そこで今度はクイーンから無線が入って、


<今日のイヴィル・ハンティングは名作中の名作でしたわ。都合上音声カットをした迫力に欠ける舞台、近年では稀に見る駄作確定の舞台――でしたのに、イェーガーたちのやり取りを観た人々は盛り上がっていましたのよ>


「はっ、聴覚よりも視覚の方が重要ってことね。それでブレインの評価はどうなったの……」


<わたしの言った通りブレインは王になってしまいましたわ、それも「最弱の王様」に>


「それは最強だこと」とわたしは本人ブレインのいないところで嫌みを言って、削除対象と一致する人物を目で追った。

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