狩猟家の憩いの場
//ブラッド・スポーツを語る前に話しておきたいことがある。
午後七時すぎ、レゾナプリエール三十二階。ここがわたしの安住の地であり、「真実のわたし」を殺しておかなくてはいけない場所。
(さあ狩猟家よ、さあオオカミよ、あの子が寝静まらないうちは貝や蟹のように外骨格で身を包んでおくとしよう。それができないのであれば、この場から泣く泣く立ち去るがいい)
そんな言葉を思い浮かべたわたしは深呼吸をする。そして、ドアを開けてもらうための指紋認証をすませた。
「ただいま」
「――この物語は悲劇となるであろう! 「男」は
ドアが開くと、そこには円柱型ロボット――キレートくん――がいて物語の語り手を演じていた。そこでのわたしは強制的にリスナーとなるわけだ。
わたしの安らぎの空間は物語に溢れている。その物語はもちろんわたしが模倣したり新しく色を付けたりするわけではない。わたしの他にいるもうひとりの住人は、《不思議の国のアリス》のような好奇心を持っていて空想好きなのだ。
「《ロメオとジュリエット》。悲劇の物語なのに男と女の復讐悲劇にしたか……。風に揺られるまま――『運命に導かれるまま』、珍しくあの子らしくないわね」
「お帰りなさいませ、セカンドマスター。それから、申し訳ありません、わたしは機械でありファーストマスターのプログラムは絶対に実行なのです」
「分かっている。それで、ファーストマスターによるプログラムは終了したけど、あなたの物語はどうしたいの……」
とわたしはキレートくんに訊いた。自慢ではないが、わたしはロボット相手にコミュニケーションを取ることが得意なのだ。自慢ではないがね。
その代償として人間との分かち合いは不得意、いいや、やる気の問題と言われるのが目に見えている。けれど、邪智暴虐の王は冴えたやり方を実行できたわけで、やる気の問題と言いたいのならまず誠意を見せてほしいのだ――わたしを相手にするならの話。
それでだ、機械であるキレートくんの物語といえば、
「わたしであれば……『今までのすべてを否定しよう! 書き変えるのだ! そう【未来】なら悲劇の物語を書き変えることが可能である――共に悲劇の運命に抗うのだ! 『ぼくは抗おう』『わたしは抗おう』その共同意識こそ少年と少女の願いであった』という感じでどうでしょうか?」
「ふぅーん。高い金払っただけある、それに妹から受けた深層学習は素晴らしい成果ね」
わたしは微笑みながら言った。それからすぐ、アームを伸ばしてくるキレートくんにわたしは生鮮食品などの入ったバッグを渡し、廊下を進むのだ。
仕事で忙しいはずのわたしだったが、仕事の進まなさと反りの合わないブレインに腹が立っていろいろと放り投げて帰ってきた。決して逃げてきたわけではない。
わたしはリビングへ続くドアを開けた、すると「お帰りなさい」と妹は笑顔で迎えてくれる。
ただいま、とわたしは明るい声音で返したけど、表情は明るくなかったと思う。
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