とある少年

 昨日、おとなの理不尽な力を受けたわたしとメルは部屋に閉じ込められていた。


 朝ごはんも昼ごはんも与えられていなくて、エネルギー消費の激しい特異人のわたしは、ぐったりと床に倒れていた。


 妹のメルといえば――扉を叩いて、


「開けて! お姉ちゃんが死んじゃうよ!」と、またわたしを心配しているようだ。


 震える声で、<完璧な人間>に怯えながら……本当は開いてほしくない扉を妹は一生懸命に叩いていた。


「メル、わたしは大丈夫だから……静かにしていればきっと許してくれるよ」


 両親からの<殴る、蹴る>という痛くて苦しい行為が続いたのは五分という短い時間だった。だから、抵抗もせず良い子にしていれば父と母は許してくれるはずだ。


 そう思ったわたしはメルに下手くそな微笑みを向ける。


「そうやって静かに資源になるくらいなら、わたしは許されたくない」


 というメルの瞳は涙が枯れて赤くなっている。


 メルはむかしから強い女の子だった。全盲という障害があるにも関わらず、わたしとの喧嘩はいつもメルが勝っていた。わたしはお姉さんなのに、妹より優れているのは目が良いことだけだった。


 運命に抗う妹と最初から運命に身を委ねているわたしには、精神に決定的な違いがあった。だから今、妹は運命の扉を叩き、わたしは行動を起こさないでいるのだ。


 身体的に常人よりも頑丈な特異人、だけどわたしのカラダには青紫色の変色箇所が浮かんでいる。病気なんて言葉は聞いたことがあるだけで患ったこともない。初めて見る青紫色のこれは何なのか、この時のわたしには分からなかった。


 初めて味わう身体の異常、元々脆いこころ。「わたしのいのち」は誰よりも価値のないものだと理解した瞬間だ。


 これから毎日、薬物中毒の両親に暴力を振られるのだろう。


(地獄のような日々が続く)そう考えると、わたしが〝たった一つの冴えたやり方自殺〟を実行する理由にはもってこいだし、実行した後の未来は幸せだと思った。


<future:少年は少女を救う。救われた少女は美しき狩猟家となり、運命を変える輪に加わる>その素敵な未来を観たわたしは、瞳から一滴の想いを溢れさせた。


 ガチャ、という音。


 閉ざされていた扉が開け放たれ、奈落の部屋に光が差し込んでくる。それと共に光る物体がわたしの瞳に映し出された。光る物体だ、としか説明できないまばゆい光。


 救済の光なのか堕落の光なのか……それとも他の何か。なんにしても、わたしだけに見える光なのは間違いない。


「心配ないよ」と光る物体は言い、わたしたちに歩み寄ってくる。


 初めは驚くわたしだったけど、光る物体が少年だと知ってどうしてか緊張がほぐれたのだ。


 心地良い匂いと食べ物の匂い。わたしの好きな匂いがした。


「食べないと死んでしまうよ」、少年はわたしとメルに温かい食事を持ってきてくれたらしい。


 わたしたちを救ってくれたのは大人たちじゃなかった。特異人の少年だった。

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