あと五分

 なんのために生まれてきた……世界は? 裏社会は? 特異人は? わたしは?


 人間の目的はなに……自由? 繁栄? 信頼? 義務?


 そうやって〝こども〟みたいに考えるわたしは、恒星が点々ときらめく宇宙そらを眺めていた。


 もしもの話、<創造主>がいて宇宙を創ったとしよう。それでだ、宇宙――人間が認識できる<宇宙>はこの場所から何百億光年までかというのは時代の流れで変わるとして――を創造主が創ったのはいいが、どうして<不完全な生命>までも創ったのか疑問なのだ。


 疑問(なんのために生まれてきた。目的はなに)というもの。


「自分で考えて、自分で見つけろ」なんてライフ意識やリソース意識に支配された大人に言われた場合、子供の見る未来は――そんな大人たちの畜肉みたいなセカイだ。汚いだけの大人たちに刷り込まれるのは封建的なセカイや社会、そしてリソース意識。綺麗なだけの大人たちに刷り込まれるのはディストピアや疑心暗鬼、そして邪智暴虐の王。


 結局のところ、生命なんて難しいものは――ある意味<実体のないケモノ>なのかな?


 わたしは瞼を閉じて、


「生命はすばらしいよ。宇宙を創った時のコード進行は可能性に満ちていて、生命は私の創造を超えた実体あるものとなった」、って創造主が喜々として語っている場面を想像する。


「宇宙が認識している生命はとてもちっぽけです。その生命の中にヒトという種があります、ヒトは宇宙よりも広い<残酷な心>を持っています」などとわたしの主観で創造主に語ったら……その者は無責任な創造をしたことに罪悪感を抱くのか、それとも、創造しただけだ、と言い知らん顔をするのか――まあ、創造主の答えを聴いたところで理解できないだろうけどね。


「わたし」を作った者は<いのちの重み>について理解が遠くて、<いのちは軽い>ということを理解していたのだろう。


 XとX、とかいう未知のコードで生成された「わたし」。どこから来たか分からないSとFのコードを持つ「わたし」。


<わたしの心臓、わたしの脳、わたしの子宮。つまりはわたしのカラダ>


<memory>あの頃のカラダは小さくて、周りと比べて痩せっぽっち。そんな「わたし」を救ってくれたのは――銃と童話とチョコレート、それと…………<あの少年> </memory>


 とそこで、甘い匂いに刺激されたわたしは記憶の読み込みを中断して瞼を開ける。


「イェーガー時間です」


 ブレインは言って、長椅子に寝そべるわたしにいつもの涼しい笑顔を見せる。そうだ時間だ、時間の流れに置きざりにされたわたしはまた置きざりにされていたようだ。


「あと五分ちょうだい」


「五分経ったら《はえの王》は逃げてしまうかもしれませんよ?」


「実体のない悪魔ベルゼブブ――蠅の王――が人間たちに暴食の大罪をなすりつけたとして、ベルゼブブに実体はないのだから捕まえる事なんて無理でしょ。いつも捕らえられるのは悪意を実体として変換できて、それを簡単に出力する人間だけなの」


 わたしが言ってやれば、ブレインは「ははっ」と声を出して笑い、


「悪意として脳に蓄積されたモノや事、それが蠅の王を実体として出力する必要なアイテム――逃げられない実体=<人間>、ということですか」


「そういうこと」と返したわたしは長椅子から立ち上がり、背伸びをする。


 五分ほしいなんて言ったわたしだけど、ブレインに《クソの王》の話をされたせいでお菓子を食べる気分ではなくなってしまった。


 アルカナムビル屋上から眺める夜景もわたしの気分を害するにはもってこいだ。


(嫌いな臭い。蠅が好きそうな甘ったるく腐った臭い)そう頭蓋の中に浮かんだわたしは、オフィスでの出来事を思い返していた。

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