ロベリア

「運命は決定している」


 と少年はわたしにハンドガンを持たせ、一緒に構える。


「このセカイの時は有限だ。さあ、君が引き金を引くんだ」


「え」


 少年の予期せぬ言葉にわたしは前方を見た。銃口は人間の男に向けてある。


「必要以上の資源意識は人間を腐らせるだけだ……そして、残念なお知らせが一つ」と少年は、ぎゅっ、とわたしの手を握り「――【悪意マリス】のセカイシステムに操られた者に、意識の目覚めは早すぎたみたいだ」


 わたしと少年は同じ子供だ、けれど少年の扱うことばは当時のわたしには難しすぎて年齢に大きな差があるようだった。


 どこかの遠い星から来た宇宙人みたいな少年。


 少年を裏切りたくないわたしは引き金に指をかけたのだ。


 汚い大人による、汚いだけのセカイ。その映像化されたセカイで主人公はヒトに銃を向けるのだ。まさかわたしが主人公だとは思えなかった。


 主人公は引き金を引く――わたしは……そうだ、本来なら主人公が引き金を引くシーンで、少女のわたしは引き金を引けなかった。


「君は特異人メーレであって普通の特異人ではないらしいね、すばらしい意識だ。そうと解れば、『ぼく』を一度リセットしなくてはならないな……あの子たちを信じることにしよう」


 少年が何を言っているのか分からなかったけど、わたしが普通ではないのは確かだ。


 それから間もなくのこと、父だと思っていた者は見えない糸で操られているかのように、聴いたこともない音を立てて肉塊へと変わった。


「おめでとう。君は今日という素晴らしい日に生まれ変わった……えっと、君の名前は?」


 そう少年に訊かれたわたしは「わたしの名前は<おまえ>それか<役立たず>」とは言えないから困った。人間共に呼ばれていた名前をなぜか覚えていなかった。気がつけば「わたし」は「わたし」が誰なのか分からなくなっていた。


 どうすればいい、とわたしは考えたけど何も言いだせなかった。そんなとき、第六感で察したのか少年はメルに視点を移動させた。


「君は、名前なんていうの?」


「メル」


「そっか、君が……。メルはお姉ちゃんの名前を知っている?」


 少年は訊いたけど、わたしの妹は「覚えてない」と言った。


 わたしの名前はどこにも記されていなかった。わたしの名前はセカイから削除されていた。


 わたしは〝ロストワンいない子〟だったのだけど、


「うん! 決まった。今日から君の名前は――<Name:ロベリア>だ」


 少年は地獄から救ってくれただけでなく、わたしの名前まで考えてくれた。


 わたしはとても嬉しかった。どうやらわたしは泣き虫になったらしく、涙を溢れさせた。


「泣かないで、目を開けて。このセカイは物語にあふれている、ロベリアはそれを観るべきだよ。誰も手の届かない場所に立って物語の未来を観るんだ、メルはお姉ちゃんを助けてあげてね。<これがぼくと君たちの間に結ばれた――秘密の約束だ>」


 そんなことを言った少年はわたしとメルにチョコレートと、それぞれに一冊ずつ童話をくれた――《灰かぶり姫シンデレラ》と《みにくいアヒルの子》を。


 チョコレートは甘くておいしかった。それとわたしが受け取った《灰かぶり姫》という童話もある意味甘かった。


 わたしに姫は似合わないけれど灰をかぶったようなところは似合っている。


 少年に出会った少女のわたしは最終目的地を見つけられた……『世界を綺麗なお花で埋め尽くしたい。世界を無条件の愛で満たしたい』……という叶わなそうな目的地を。


 少女のわたしは――いいや乙女になった今でも、わたしは<あの少年>を変わらず想っていた。姿が変わっていたとしても、心が変わっていたとしても、死んでしまったとしても、乙女のわたしは精神の底からあの少年を想っている。






「〝裏社会へようこそ〟」


 最後にそう言ってくれた少年には――わたしのすべてを知ってほしかった。


</past> //過去の清算と花柄の栞。


/*少年はすぐにいなくなった、というより目を離したら消えていた。少年だけが消えていて、消えなかったのは残虐な舞台とわたしとメルと童話……それと、少年が落としたのであろう<花柄の栞>。いつか来る約束の日のために、わたしは花柄の栞を大切に持ち歩いている*/

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