怪物の目覚め

 両親の会話を聴いた日から数日経った夜、わたしは父と母に質問してみた。


「娼婦ってなに? 裏社会ってなに? 裏の政府ってなに? ヴァージンってお金になるの?」


 一度にそれらを訊かれた父と母は、


「どうしたんだ急に……おれにも分からない言葉を扱うなんて。優秀な娘になったものだ」


「ふふっ、お父さんやお母さんでも知らないことはあるのよ」


 そう笑って答えてくれるのだけど、わたしといえば、


「ふたりが嘘をついているって分かるよ。だって、特異能力を使えるわたしの前では嘘なんてバレバレだもの。少し前にふたりが話しているのを聴いちゃったんだけど、あれってどういうことなの?」常人のおとなたちがどう答えるのかと真剣に問うのだ。


 こどものわたしは真剣だった……なのに母は舌打ちして、わたしのお腹をボールで遊ぶように蹴りあげてきた。そう、少女時代からわたしは道具だったり畜肉だったり、つまりは特異人という社会貢献の資源だった。そして今も変わらず、わたしの質問に対して常人の大人が返す答えは、暴力という人間的なものと悪意という全人類を信じられなくなるもの。


 理解し難い音と色と臭いを感じた。ただただ穢れている人間共のセカイを覚えている。手放したい記憶を焼き付けられたのを恨んでいる。


 キーンと高い音の耳鳴り。ドクンドクンと、心臓の鼓動がいつもより速い。


 わたしは今まで発したことのない声を漏らし、床にうずくまっていた。わたしは空気を吸うことも吐くこともできなくなった、こんなにも痛いのは初めてだった、こんなにも怖いのは初めてだった――人間は恐ろしい敵ということを怪物のわたしは記憶した。


「なるほど、厄介な目に成長してきたのね。特異人ってだけでもクズなのに、他人のプライベートを覗き見るのは最低のクズがすることなのよ? お分かり?」


「おいおい、商品に傷をつけるなよ。跡が残るようなのは価値が下がっちまうぞ」


「傷? この子は特異人なんだから常人の大人より頑丈でしょ。それよりも、信用していたどこぞの娘に特異能力を使われてわたしの方が傷ついちゃった」


「ははん、それもそうか」


 笑いながら会話する両親は、こどもの話を受け付けない<完璧な人間>のように思えた。


 苦しむわたしに駆け寄るのは父でも母でもなく、妹――メル――だった。


 妹に心配される情けないわたし……。「ごめんなさい」と、なぜか繰り返し両親に謝る妹……。悪いのはわたしだけなのに、一緒に殴られた妹……。


(このセカイで「わたし」は無力だ)


……その出来事は、<怪物>を目覚めさせるには十分すぎたのだろう。

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