見えるものと見えないもの
『いただきます』と言ってから気がついたのは、テレビから流れている殺人のニュースだった。
わたしは気になったけど、そっと番組を変える。
「人殺しなんてこの場に合わないね。まだC級ホラーを観ていた方が笑える」
「さっきのニュース、ここから二キロ離れたところだった。怖いなあ」
「そうなの……結構近い、おっかなくて外も出歩けなさそうね」
「実は犯人はこの部屋にいて、可愛らしい少女を食べてしまおうとしていたり?」
「ふふっ『残念ながら、この部屋には《赤ずきん》を被った少女はいません、乙女とロボットだけです。だから、腹をすかせたオオカミは目の前の御馳走に手を伸ばすのです』うましうましお肉うまし、野菜もうまし」
「ふふふっ、ごめんなさい。お姉ちゃんがオオカミだなんて全く似合わないよね」
「それもそうね。動物を殺すこともできない臆病な乙女だ……って、殺すだなんて耳を汚す発言でしたわ。ごめんなさいね、おほほほ」
こうやって、わたしがおちゃらけているのも今だけだ。
動物を殺せない。そう言ったわたしは嘘をついていない。なぜって? 殺されるべき対象は特異人であり、みんな怪物だった。動物でもヒトでもなかった。だから嘘ではない……いいや、残念ながらわたしが怪物として生物を殺している。
並べられた沢山の料理は、誰かに殺された生物と、怪物が殺した生物の報酬で出来ていた。ヒトを殺して得た穢れたお金、そのお金を利用することでしか安全な暮らしを許されない。
声音の嘘、表情の真実。この場所でわたしはその二つを行っている。
どうしてその二つを簡単に行えるのか……それは――
――妹の瞳は光を失っているからだ。
直接的でもっと不快感を与える文字列を使えば――わたしの妹は視覚障害者であって、綺麗な景色を観ることも、汚いわたしを見ることも不可能なのだ。
綺麗なものを観られないけれど、同じく汚いものを見なくてすむ。妹はつらい思いをしているのだろうけれどわたし個人の意見はそんな妹でもよいのだ。
この酷いセカイで、この裏社会で、わたしはひとりぼっちじゃなくてよかった。
利己的だけれど、ただそれだけで幸福を感じていられる。
(あゝ わたしの物語は悲劇となるのであろうか、喜劇となるのであろうか。おお、運命の女神よ、下賤なわたしが願ってよいのなら、この物語はなかったことにしてほしいのです)
と、わたしは「わたし」の物語を否定していた。
それがなんだかおかしく感じて、わたしは口いっぱいに含んでいる物を噴きだしそうになって……まあ、結局は噴きだした。
しかし大惨事になることはない。危機を察知したキレートくんは正面にいる妹だけでなくテーブルの料理も守ってくれるのだから、わたしは感心するばかりだ。
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