誰も辿り着けない頂上

 だから、わたしたちに残された選択肢は――【誰も辿り着けない頂上へ到ること】。その玉座に就いて、一度失敗すれば裏社会でのコードネームは失われる。裏社会で生きていたヒトは、晴れてお金持ちの自由の身となるのだ……皮肉なことに、誰も辿り着けないがね。


 裏社会の歩き方も学ばないまま入ってきたであろう彼、復讐のために汚く染まることを決めた彼。そのブレインは案の定目をぱちくりさせ、口は半開きになっている。


「わたしたちの裏社会では殺さなければお金にならないということです。Dリストと言っても特異人は貴重なリソースなのですが、裏社会の一員としては信用に欠けてしまうので始末した方が世界のためになります」


「表社会とは違って裏社会の競争は激しい。その分、ハイリターンが確約されている――成果によるがね」


 とクイーンとドクはわたしの言ったことを簡単にまとめる。


 そう、裏社会は「成果だ」。そこでわたしたちは頭痛を訴えるかのように、それぞれがこめかみを押さえていた。頭の痛くなる話。わたしたち――シュメルツ部隊――は二連続で失敗した。それに、犯人が完成体だとすると競争がさらに激しくなるし、裏社会だけでなく表社会の被害も大きくなるかもしれない。


 ――何よりも、わたしの個人成績とプライドに影響する。だから、今回の犯人は絶対に見逃せない。みんなもそう考えているはず…………


「他のところに任せた方が賢いと思うのだけど、みんなの意見はどうかな……我々の部隊が連続で失敗したのなら、取引次第で情報は高く売れる」


 考えを巡らせるわたしは他のメンバーの話しを聴こうとしなかったが、ドクの発言はよく聴こえていた。


(ふざけるな)と、言葉が頭蓋から飛び出しそうなわたしは、


「言っておく」と人差し指を立てて、「上を目指すわたしに三度目の失敗は許されない。チームで失敗するなら、今回の件はわたし一人で行動させてもらう。わたしは逃げないから」


 そう宣言する。続けてわたしは、


「『完璧にこなせる』って自信のある奴だけで組もうじゃない。もっともそんな人間はアルカナムにいないだろうけど。悔しい思いをしたまま生きてくのであれば反撃しなくて結構、雑魚は必要ない。それで、あなたたちはどうする……」


 腰抜けのドクは脱落したとして、頭数は多いに越したことはない。そう思ったわたしは席から立ち上がり、やる気のある同士に挙手するよう要求した。


 これだけ煽ったのなら闘争心に火がつくはず、なのだが、


「ええー、完璧じゃないとダメー? じゃあパス、というか今回は失敗オーケーでもパス」


「おれは無理ですね」


「これ以上の多忙なんて嫌ですわ、何よりわたしはアルカナムを贔屓できませんもの」


 マスコット、ビショップ、クイーン、と順々に答えてくれた。


 人員確保は失敗。予想通りなのだが、なぜかこれ以上にない敗北感をわたしは味わった。


「プライドを捨てた豚どもめ……わたしは失望したぞ」


 と、腰ぬけどもに今の心境を静かに吐露する。


 こうして拗ねたわたしは会議室を出ようとドアへ向かうのだ。その途中で、


「美しき狩猟家よ。どうかブレインに裏の歩き方を教えてやってくれないだろうか?」


 とドクは清々しい響きを奏でるから、対するわたしは不愉快を顔面で表現してやった。


「どうしてわたしが……他にやらせればいいじゃない。わたしは忙しくなるんだから」


 わたしは戦わずして負けを認めた連中をぐるりと見る。彼ら彼女らは悩みがないような爽やかな表情をしている。そのせいでわたしはさらに憤りを感じるのだ。


「シュメルツ部隊の中でイェーガーよりも優れた教育者はいませんわ。わたしが教育者になってしまったら男性は仕事のことを考えるよりも違うことを考えてしまいます。正直言いますと、教育係は面倒です」


「一瞬で裏に染めるのは得意でしょ? 特異だけに……。まあクイーンと同じく、めんどい」


「おれに八つ当たりするヒトが減るなら天にも昇る気持ち。同じくめんどくさい」


 特異人の連中は嘘を言っていない。可視化を使って分かったのはそれだけだ。


 ブレインと一緒にクイーンもマスコットもビショップも教育してやろうかと、この時のわたしは本気で思った。


 ……ま、仕方がない、わたし以外にまともに教えようとする人間はいないのだ。こうなることは必然だった、だからわたしは喜ぶこともなかった。


「やればいいんでしょ!」


 とわたしは会議室全体に聞こえるように言って、ブレインの正面まで歩を進める。


 わたしと似た臭い、むかしのわたしとも同じような臭い。それらを、彼の近くで改めて感じたわたしは、思い出したくもない過去の記憶が甦りそうになった。


 その最悪のメモリーが甦る前に、


「あの、よろしくお願いします。イェーガーさん……イェーガー先輩……」


 と、ブレインはわたしをどう呼ぼうか迷いながら握手を求めてくる。


「イェーガーでかまわない。わたしの邪魔だけはしないでよ――それだけが言いたかった。よろしくブレイン」


 人を殺したこともないだろうブレインの手は裏の住人からすれば聖人の手に等しい。だから浄化されないように、わたしは彼の手を握らず背を向けて会議室を出た。

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