綺麗に咲いた花たちを観たい

<masking>……「【人間の不幸は蜜の味、禁断の果実は愛の味】」……</masking>


 そのことばを操ったのは誰だったのだろう。

</stage>






 可視化の酷使といつもより激しい頭痛でわたしは気を失い――甘い匂いに寄りかかったのだと思う……ひとつの未来に寄りかかったのだと思う。


〝わたしの好きな匂い、わたしの好きな色、わたしの好きな音〟


<さあ、示された組織名にどんな音楽が隠れている? どれだけの悪意が込められている? このセカイでどれだけの人間が意識を持っている?>


「アンサー、あなたに答えなんかいらないよ」


 と言ったのは<少女のわたし>。乙女のわたしはそのことばをただ聴いていた。


「この物語もこのセカイもわかろうとしなくていいのよ。なぜなら――」


 ――終わりゆくセカイだから。とつぶやいた少女のわたしは、むかし鏡の前で練習した下手くそな笑顔をしていた。少年のために練習した笑顔を。


<夢>


 これは夢だと気づいてわたしが目を開けた時……VIPルームでの出来事は終わっていた。


 わたしが気を失ってから数十分経っていて、そこで瞳に映し出された実体といえば、


<li:赤い水たまりに倒れているビショップとドク> //異端者への裁き

<li:気持ち悪いほど冷静な人間たち> //平穏へ向かうための構成


 この舞台に用意されたアイテムは、抜け殻と人形たちと……怪物わたしたち


「気分は……」


 とブレインはわたしに水の入ったグラスを差し出してくる。


 彼と目が合ったわたしは、ぶっきら棒に「平気、ありがとう」と珍しくお礼の言葉を使ってグラスを受け取った。


「あなたは大丈夫なの……」


「問題ありません、なんせ完成体エピの力を借りましたから。撃たれた肩も腹部も綺麗なものです」


 屍人の王ネクロスの特異能力――【一つの参照セル・リファレンス】――<触れた生物の状態を読み取り、細胞セルの再生と、細胞同士の結合と分離を可能にする>という規格外……まさに上位超感覚能力者エピ・エクストラセンソリー・キャパシティ。そのデメリットは<カラダ全体の激痛>、それさえなければ完璧だろう。


「そっか、ここにいたのが爺さんでよかったわね」


「――なんもよくないわ! ブレインとやらがわしを庇ったせいでわしは無駄な力を使う羽目になったのだぞ。おかげさまでわしのカラダは皮膚が剥がされとるようだわい!」


「なら力を使わなければよかったのでは……わたしが頼んだのは手当です『弾丸を取り除いて傷を塞いでおいて』などと言っておりません」


「バカなことを言うな、運が良かったとはいえ弾丸食らって苦しんどったのだぞ」と、爺さんはカラダが痛いのか目に涙を溜めて「今回は蠅の王にならずにすんだわい……」


 爺さんの瞳には今まで助けられなかった者たちが映っているのだろう。わたしの三倍以上を生きているのだから、それだけ出会いと別れも多いはずだ。


<アンサー:むかしむかしのお話。実体を持つ蠅の王は親友を救おうとした、恋人を救おうとした、家族を救おうとした、けれど運命は残酷だった。蠅の王は誰ひとりとして救えなかったのだ。何も守れず何も救えず……そうして傷つくだけ傷ついて、自由へのはねを失った蠅の王はたった一つの願い事をした――【綺麗に咲いた花たちを観たい】という願いを>


 わたしは爺さんに微笑んで、


「あなたが死ぬのはまだまだ先のようですね。まあ、死んでしまった場合は綺麗なお花を供えに行きますよ」


「はっ……まあよい」


 大きく息をつく爺さんは、S&Sの職員に運び出されるビショップとドクに目を向けた。


「彼らはあなたが」わたしは訊く。


「ああ、わしが撃った。『コードネームを与えられた者が同業者の殺害を目論む』――その意味を奴らは理解していたにも関わらず破りおったのだ。当然の報いだ」


 ブレインの特異能力を使えば情報を引きだせたかもしれないのに、なぜ? シンフォニーの情報が手に入ったかもしれないのに、なぜ殺した? なんて爺さんに訊こうとはしなかった。

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