裏社会へようこそ
ガチャ、と間もなく会議室のドアは開かれる。
ドライアイスを使っているのか白煙が床に満ちていて、わたしは派手な演出だと感じた。玉手箱を興味本位で開いたら手榴弾が仕込まれていた……なんてことにならないといいな。
「おはようございます」
と爽やかな挨拶をして入室する新人は、表面上特性のない男だった。なのだが、信じられないことにわたしと同じ臭いがする――いいや、わたしよりも濃い。まるで、玉手箱の中に核兵器が仕込まれていた方がましだと思うような……奇妙な感覚だ。
「彼は特異人、
ドクは言うと、会議室の黒いテーブル――
――わたしとビショップと同い年。特異能力は【
特異人というのに給料の安い
「あなた合衆国のスパイ? この経歴は事実だけど本来の目的はアルカナムヘ潜入して諜報活動をすることだったりして。
そうやって「ことば」の弾丸をあびせる。
決まって最初に発言するのはわたしなのだ。その理由は――真偽の見極め。
相手が特異人ならこちらも特異人でなければ拮抗しない。だから、他のアルカナムメンバーはわたしの質問、というより尋問が終わるまで口出しはしないのだ――と言いたい、本当のところ、わたし以外のメンバーはどんな人間が雇われようと関係ないらしい。『裏社会に踏み込んだ以上は自分の行動に責任を持て』。つまり受け入れはするが後の行動次第で削除標的になっても知らないぞ、という無言だ。
そんな裏社会で「引き返すなら今だ」と言っているわたしは甘いのだろう。
「――で、答えは」とわたしが急かせば、
「答えは『イエスでありノーです』。スパイではありませんが、情報収集は合っていますよ、しかし情報収集は道筋でして、目的はある特異人を見つけ出すこと――そしてそいつをぼくの手で殺すことです」
可視化から彼を見ても嘘は言っていない。そうと分かったわたしは、これ以上の話はプライヴァシーを侵害してしまうと思い能力を解いた。
「なるほど、個人で捜索するのは無理だからアルカナムの網を利用する。そして最終的に自分の手で復讐したいってことか。その殺したい特異人はあなたに何をしたの……私的なことなら言わなくてもいいけど」
「暴力的なことを。ぼくが受けたのではなく、ぼくの家族が受けたんです」
家族……その言葉はわたし個人の禁句ではなく裏社会での禁句だ。
はあ、とため息が出たわたしはブレインからドクへ視線を移して頷いて見せる。
「いつも通りミス・イェーガーのお許しが出た。ブレインは今日からアルカナムの正式なメンバーだ。ようこそ、【シュメルツ部隊】へ」
『おめでとう』とブレインへ拍手や無線機が贈られる。
そんななかわたしはドクを睨んで、
「事情を知っていたならわたしの資料だけにでも書いておいてよ」
「いやいや、ミス・イェーガーは尋問しないと気がすまないだろうと思ってね」
(くたばれ)心の中のわたしはドクへ青筋を立てていた。ついでに中指も立てている。
「ま、どうでもいいや」と先程から喜びを露わにする新人へ目を向けた。
マスコットがアルカナムヘ入ってきた時のように、わたしは新人に興味をもっている。興味をもっているだけで話しの掛け方がいまだに分からない。だから訊いてみたいことを保留にして、知らないうちに言葉の墓に埋めてしまう。
アルカナムの人間はわたし以外が愛嬌のある人間だし性格も良い。
ブレインも良い人間なのだろう。それにブレインは酷く優しい雰囲気を纏っていて、わたしの住むセカイとは全く違うセカイの住人みたいだ。
汚れていない心は裏社会で少しずつ汚れていく――そこにわたしの手が加われば一瞬で染まるし、戻れなくなる。だからわたしは触れずに、近づけないようにする。それでいい。
もう開かないかもしれないわたしの
(ブレイン、あなたがこのセカイでどのように歩くのか観させてもらう)
〝裏社会へようこそ〟
これがわたしとブレインの出会い。
ここからはじまる最低な物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます