綺麗なお花は似合わない

「お元気そうで何よりです。もうくたばったかと思っていました。まあ、くたばってもらっても構いませんけど……残念なことに、綺麗なお花はあなたに似つかわしくないでしょうね」


 わたしは言って、爺さんに薄笑いを向ける。


「ほー、小娘だったお前がよう喋るようになった」


「お年寄りと若者では時間の流れが違いますから」


「むかしのお前ときたら『わたしは上に立つ器だ、だから裏社会を教えろ』と、『教えろ』ばかりだったのに。あの小娘が今や上位ランクか……そろそろ歩き方を教えてやっても――」


「失礼、と承知で申しますが、今はむかし話に付き合っている暇はないんです。それと、後は死を待つだけの爺さんに人生の歩み方を教わったところで上のステージには立てませんから」


 と、なぜかわたしはやるせない気持ちに加え、教えを乞うていた十六歳までのわたしに苛立った。立ち止まってばかりいたあの頃……今ではいい思い出といえるのだろうか。


<thinking:幼いわたしは裏社会をひとりで歩いていた。誰も彼もわたしに裏社会を教えてくれなかったから、わたしはひとりで歩いた。そして、目標を見つけられた>

〝約束のために、目的のために〟この先が奈落の道でもわたしは立ち止まっていられない。


「上の舞台を知らない完成体は負け組だ」、とわたしは爺さんに言い放った。


 爺さんを睨むわたし、わたしに笑顔を向ける爺さん。時が止まったような空間でわたしの耳に響き渡る音楽といえばベートーヴェンの《エリーゼのために》だった。


「お前は強くなったし、時の流れと共に女としての魅力も格段に上がった。ただ、王座に近づきすぎたのだろうな……」


 とブレインをじっと見つめる爺さんからは、あの似合わない笑顔が消えていた。

……これも一つの運命さだめか。そう爺さんはつぶやき、今度はわたしを見つめて、


「ところで、その隣の男はおまえの夫か?」


 唐突に質問されたわたしは、不愉快な顔とフラットな感情を表現しつつ、


「そういうつまらないことを言わないでほしいですね……彼は<コードネーム:ブレイン>。あなたほどの人物ならこの使えない男の情報くらい持っているでしょう」


「〝知らないな、やあ知らないな、知らないな〟」


 そうですか、と爺さんの嘘に素っ気なく返したわたしは続けて、「今日は質問だけをしに来たんです。時間を無駄にできないのでイエスかノーで返答してくれて構いません」


「それこそ時間の無駄だぞ? 裏社会でのわしは下っ端の中の下っ端、必然的に上の情報を閲覧規制されとるのだ」


 聴いたわたしは王に傅くような仕草をする。「それで結構です」という意思表示。


「……ならば交換条件として、わしはブレインとやらに一つだけ質問する」


「ぼくに……」と爺さんに見られたブレインは緊張したのか背筋を伸ばした。


 裏社会の連中がブレインをある意味で注目するのは分かる、けど、完成体が興味を示す程の器でないのは確か。なのに(どうしてブレインに……)、と、わたしはまたしても不思議な感覚を味わった。

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