第58話 襲い来る災難

「お疲れ様」


 ニッコリと笑うレンナだが、ガゼットはニコリともせず静かに遠くを見つめる。


「どうかした?」

「あんた強かったのね」


 ガゼットの様子を不審に思うレンナだが、ミレイスターは渋々と言っただが、ガゼットを認めざるを得なかった。


「まさ……か……」

「リリィ!」


 目を覚ましたリリアスに、ミレイスターが叫ぶ。


「君が、倒した、のか?」

「あんま無茶すんな」


 リリアスが体をむりやり起こしながら、焦点が中々合わない瞳でガゼットを映すが、ランドは心配そうに寄り添う。


「ま、そういうことだ。俺一人で問題なかった」

「あんた!」「てめぇ!」


 事前に巨大ワイバーンにダメージを与えてくれたリリアスに対して冷たい言葉を吐くガゼットに、ミレイスターとランドが怒りを見せる。


「そう、みたい、だね……足手纏いになって、申し訳なかった」


 それでも、息も絶え絶えながらリリアスは痛みをこらえつつも微笑んで同意を見せた。


「ガゼット……」


 そこまで言わなくてもと思う反面、実際その通りなんだろうと思うレンナはガゼットに近寄っていく。


「どうか――ひゃぁん!」


『どうかした?』と聞こうとしたレンナだが、ガゼットは右手の亡骸を投げ捨て黒珠こくぎょくを左手から右に移すと、空いた左手でレンナを抱きしめた。


「な、なに? どうしたの? さすがにここでは――」


 ここじゃなきゃしていいというわけでもないが、さすがに人前ではしたない行為はやめて欲しいレンナは文句をつけようとしてなんとか押し黙る。


「えっと?」


 左手で抱え上げられたレンナはスターレインのメンバーの目に晒されながら羞恥に耐え忍びつつ、真剣な表情をしたままのガゼットにギュッと抱きついていく。

 だが、1秒、2秒、時間が経っても何も起きず、てっきり真剣な表情でセクハラをしているだけなのかと邪推し始めた頃、地面がボコリと盛り上がった。


「なん、だ?」


 不穏な様子にランドが斧を構え、ガゼットは――左手にレンナ、右手に黒珠こくぎょくと両手が埋まっており、神妙な顔つきをしているだけで、他の2人も特に準備はできていない。


 Gururururuuuuuuuu


 ガタガタと地面が揺れボコリと盛り上がった場所から、巨大ワイバーンぐらいの大きさをした腕が飛び出てくる。


「お前、まだ戦えるか?」

「今回の依頼分は終わったが?」

「てめぇはもうちょっと状況見て話せや!」


 ランドの真面目な疑問に対して、ガゼットが真面目に言い返す。


「ねぇ、ホント大丈夫?」


 ガタガタと震えながら、レンナが更にギュッとガゼットの左半身に抱きつくが、返答が来るよりも早く、咆哮が飛び出た。


 Uwoooowowoo


 地面から這い出る黒い腕の次に、それよりも一回り大きい黒い顔が飛び出してくる。

 這い出る途中である今の隙をついて戦いに転じてくれれば、まだ勝機は高そうであるが、、依頼を終えたガゼットはレンナを抱きながら静観に徹していた。


「あれは、ドラゴンか?」


 ワイバーンに似たワイバーンとは違うなにか。

 そもそも、この巣は巨大ワイバーンの巣というには明らかに大きすぎるのである。

 まるで、本来のあるじがいるかのような場所であり、地面から這い出るそれが、この巣の大きさに適している可能性が思い浮かぶ。


「くっ、はや、く……逃げ、ゲホゲホ、ない……」


 リリアスが何かを話そうとするが、ゲホゲホと血反吐を吐き、肉体が絶対安静をお願いする。


「ランド……」


 不安そうな声を出すミレイスターをランドが優しく抱きしめるも、この中でドラゴンを倒せる人がいるとすれば、現状は1人しかいない。


 ドゴゴゴゴゴゴゴ


 地面が揺れて、地割れを起こしながら、真っ黒な竜の両手と顔が地表から這い出る。

 首より上をだした竜は戦闘する意思をみせずに、虚無とも言える雰囲気でぼんやりとしていた。


「大丈夫……なのか?」


 ほっといていいかどうかは不明だが、とりあえず竜との戦いが避けられそうでスターレインは安堵する。

 しかしながら、そんな竜相手に、ガゼットは何を思ったのか黒珠こくぎょくを投げつけるのであった。


 ゴックン


 口の中に放り込まれた黒珠こくぎょくを飲み込んだ竜は先程の覇気がない感じの様子ではなく、明らかに意思の芽生えた強い力を宿し始める。


「ちょっ、お前、何してんだ!」

「お前ら、自分が言ったことを覚えてるか?」


 ランドの抗議にガゼットが冷たい視線を返す。


「な、なんだよ」

「お前ら『足手纏いにならない』って言ったよな?」

「クソガキが……こんな状況でそれを言うか」


 レンナは内心で『足手纏いにならない』なんて言ってたっけ? と首を傾げるが、口にこそ出していないが、スターレインは誰ひとりとして足手纏いになるつもりなどなかった。


 それでも、今この現状で足手纏いにならないと強がれるほど、彼らの心は強くない。


「じゃあ、どうすればいい。どうすれば、あのドラゴンを倒してくれる」


 ガゼットの発言の意図から、要求を感じ取ったランドが屈辱を噛み締めながら問いかける。


「いや、依頼でもないのに倒すのなんか嫌だが?」


 もっとも、ガゼットは不思議そうに首を傾げるだけだったが。


「だったら、じゃあ何がしたいんだてめぇは!」


 余計なことをしたガゼットに怒りを見せるランドだが、揺れる地面から更に這い出てきたドラゴンが口を開く。


「あのワイバーンを倒せるやつがいるとは……お前らがやったのか?」

「そうさ。俺が倒した」

「そうか……そなたには――」

「だから、ちょっとばかしお願いがあるんだよ! バスターロード」


 言うと同時にガゼットは天龍剣の剣先を黒い竜に向けて飛ばす。


「いったい、なんのつもりだ」


 鱗を貫通するほどの威力はなく、ちまちまとした攻撃に煩わしそうにドラゴンが聞く。


「大したことじゃねーよ。いい加減、足手纏いと居るのはつかれたってことだ!」


 まじで誰にも伝わらない主張とともに、ガゼットは攻撃を続ける。

 もっとも、意外なことにガゼットにしては珍しく、たいしたダメージが与えられている様子はない。

 結果として、現状の状況はどんどんと悪化していく。


「うっとおしいガキだなぁ」


 ドゴゴゴゴゴ


 地面が更に割れて、体の半分ほどが姿をのぞかせると警告をする。


「それ以上を行うなら、覚悟をしておけぇ!」

「覚悟? 断る!」


 なんの覚悟もないなら攻撃しないで欲しいと思うスターレインの面々だが、もはや圧倒的恐怖に口を開くことすらできない。


「餓鬼ぃ」


 吐きつける息――ただそれだけで、割れた大地が捲りあげられていく。

 あくまでただの息であるため、ミレイスターの魔法が寸前で間に合ったスターレインのメンバーは問題ない。

 問題はガゼット側――もっと正確にはレンナであった。


「きゃああああああああ」


 ガゼットのせいで襲いくる嵐のような風圧に髪の毛がバサバサとはためき、自身が飛んでいかないように必死に抱きつく。

 そんな中でガゼットは捲くりあげられて押し寄せる地表を蹴り飛ばしながら、空へと駆け上がっていき、相変わらず天龍剣でダメージにならない攻撃を繰り返す。


「そんなに死にたいな――」


 竜が開いた口には強大な闇が作られる。


「くたばれ小僧!」


 言葉と同時に放たれる黒い炎が空を飛ぶガゼットに向けて飛んでくるが、その間にちょうど巨大ワイバーンの亡骸が落ちてきた。


 偶然などではなく、ガゼット自体が蹴り上げた地表の上に乗っていた亡骸であり、先程まで黒炎を吐き出していた生き物だけあって、たとえ竜の攻撃であっても耐えうることができる。


「ちょ、死ぬ死ぬううううううう」


 亡骸が偶然だろうと必然だろうと、その存在すら認知できない少女からすれば、現状が大ピンチであることには代わりはない。

 そのまま、攻撃を食らった2人と1つは――夜の空へと吹き飛ばされていくのであった。

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