第55話 誘惑する少女

「むぅ」


 反応の悪いガゼットに少女は不快そうな顔を見せると、双頭黒焔竜ダブルダーク・ドラゴニックの元に向かって歩いていき、それから両手を腰辺りで結ぶと、腕で挟んで胸を強調して揺らしてみせる。


「どう? お・に・い・さ・ん?」


 ちらりと覗く犬歯に小指を当てて、目を細めて淫靡いんびに振る舞ってみせるが、相手が乗り気でなきゃ、どんな魅力的なポーズも滑稽こっけいになってしまう。

 立ち位置の関係もあって、彼女の悩殺ポーズとやらはホルダーに捉えられていないが、もし映っていれば、それなりの投げ銭と引き換えにガゼットへのさらなる悪評が流れたであろう――悪評より金を選びそうな男であるのはこの際おいておくとして。

 男を惑わすようなポーズを悪魔の少女が必死に取るが、まるで品定めのようにガゼットは金色の瞳を逸らすことなくまっすぐに射抜く。


「私も興味あったのよね~人間って♡」


 ガゼットは果たして本当に人間か? とレンナにしろミレイスターにしろ、不思議に思うのだが、とりあえず、人間のはず――ガゼット自身は自分を人間だと思っている。


「ど、ど~お?」


 ちらりと舌を覗かせ、なんとか言動を引き出そうとするも、ガゼットは石のように固まったまま。

 それも別に、悩殺ポーズに頭がやられて固まっているのではなく、動く理由がないから固まっているだけで、冷たい視線には熱が一切として入らない。


「こ、このぉ~ばかぁ……」


 ひたすら続ける羞恥プレイの恥ずかしさに怒りと羞恥の入り混じった不満をこぼす。

 彼女的には裸にひん剥かれた屈辱的な状況から、相手を手中に収める逆転の一手として打っていたわけであったが、その一手が効かない場合、ただの恥の上塗りである。

 怒りの発露以上に、羞恥の感情が勝ってしまった悪魔の少女は不満がモゴモゴと口の中で消えた。


「お辞めなさい」


 新たに空から降ってきた男が、扇状的なポーズを披露しようとする少女に忠告をすると、持っていた服をまるで紳士のようにうやうやしく着せる。


「いくらなんでも、こんないたいけな少女を辱めるのはどうかと思いますが?」

「それは自己紹介か?」


 相手の忠告にガゼットは疑問を打ち返す。


「辱めた覚えはないが、そいつが辱められるとしたら、さっきの状況を放置したお前が原因だろ?」


 助けに入るのが遅いと、暗に主張していることに気づいた相手が驚きの表情を浮かべる。


「まさか気づいていたのですか?」

「あぁ、俺が気づいていることに気づいていないことまで気づいていたぜ」

「はぁ……」


 面倒な言い回しに相手の男は困惑するが、話は単純――ガゼットは悪魔2人の存在に気づいていたが、警告は少女だけに飛ばして、男の方には知らないふりを決め込んでいた。


 少女をどかせれば、あの保護者ずらした男も消えたし、そうじゃなきゃ、わざわざ教えたところで引きはしないので教える意味がない。


「ふむ、君は厄介そうですね。では、ここは引きますよ」

「えー!? あれ欲しい!」


 ガゼットを指して、無礼な態度を取る少女だが、渦中の人ガゼットはどこ吹く風の様子であった。


「それに、ムカつく」


 勝手に掘った墓穴とはいえ、そこに入った少女からすれば、すべてガゼットが悪い。

 興味きょうみ矜持きょうじの2つによって、ここから引き下がることを拒む。


「いいえダメです。あの男は危険です。ですが――」


 フード越しに赤色の瞳が憎々しげにガゼットを射抜く。


「せめて、大事な人には消えてもらいましょうか」


 言うと同時に男の姿が消えた。


「ひゃあ!?」


 先程消えた男は、一瞬でレンナの元に現れると、そのまま首に向けて右手を伸ばす。

 だが、彼女の首を掴む前に悪魔の男の右手が粉砕ふんさいした。


「なにっ!?」


 全速力で飛び、ほとんど瞬間移動に近い速度で移動したというのに、バックステップで追いついてきたガゼットの存在に驚愕きょうがくする。


「好き勝手しやがって」


 面倒な相手にガゼットが嘆息を付きながら、ボキボキと躊躇ちゅうちょなく腕の骨をへし折っていく。

 レンナを守るために移動したガゼットだが、この間に双頭黒焔竜ダブルダーク・ドラゴニックの攻撃はやめさせられており、少女はバスターソードを引き抜こうとしていた。


「失せろ!」


 砕いた右手を腕関節と逆の方向に曲げていきながら相手の腹を掴むと、少女の元に全力で投げる。


「ぐおおおお」「きゃああああ」


 巻き込まれ事故によって飛んでいった二人だが、男側が最後の力を振り絞って、この場から撤退したのであった。


「……終わった?」

「なにが?」


 バスターソードは盗まれずに地面へと刺さったままであり、すでにやってきた黒幕らしき悪魔はもういない。

 レンナとしてはまるで解決したように思えるが、当然ながら依頼である巨大ワイバーン退治はまだ終わっていなかった。


 むりやり黒炎を吐かされて、疲労がのしかかっているように見えた双頭黒焔竜ダブルダーク・ドラゴニックだが、緑色の体は腹からだんだんと黒くなり始めており、戦う意志が見て取れる。

 ガゼットに視線を向けるとまるで深呼吸のように息を吸い、それに応じて、腹部から黒い炎の紋様が燃えあげるように巨大ワイバーンの体の色を黒に染めていく。


「待ちなさい。ここから引くのも一手よ」


 双頭黒焔竜ダブルダーク・ドラゴニックの様子に気づいたミレイスターが忠告する。

 体が黒く染まっていくにつれ、黒焔飛竜ダーク・ドラゴニックと同じ時のように回復していく。


 リリアスに倒された時にやってきた悪魔の少女が、腹元でシクシクと泣いていたが、その時に力の補充をしていたため、先程むりやり使わされていてもなお、十分な力を持っていた。


「依頼は巨大ワイバーンを倒すことだろ?」


 ガゼットはそのままテクテクと双頭黒焔竜ダブルダーク・ドラゴニックの前――バスターソードの元に行くと柄を掴んで口を開く。


「バスター・ロード」


 緑色の光がバスターソードから溢れ出すのであった。

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