第21話 厩舎にて

「さて……どうしよう?」


 ここにくる時は相乗りの馬車で来たのだが、それはグルグルと田舎を巡る方法であり、次に馬車が来るのは……確か、早くて来週だった気がする。


「こっから歩いて、次の都市部――例えばノーチェスまでならどのぐらいかかる?」

「ノーチェス? 多分無理じゃない?」

「えっ? どうして?」


 確かに、馬車でも結構な時間がかかったはずだが、ガゼットの脚力があれば、大体の問題は解決するはずであった。


「国境を越えられなかった。なんか、証明書? がいるらしくて」

「それって……」


 そういえば外国に入る場合は身分証明書ないしは、渡航許可証がいるはずだが、普通はそれほどの移動をする際にはその手の書類も発行するのが普通であろう。


(つまり、普通じゃないガゼットは歩いて行けるせいで追い返されたのかな?)

「とりあえず、厩舎でも探しますか!」

「それなら、あっちだぞ」


 いうと同時にガゼットがふらりと揺れ動き、小道の中に入っていく。


「知っているの!?」


 腐ってもこの周辺で暮らしている人間のはずだが、完全に忘れていたレンナは驚きながら、後ろをついていくのであった。



 馬のいななきが響き、大量の草が噛み潰されることで広がる独特の匂いが漂う場所――厩舎に着くと、ガゼットを見た男が嫌そうな顔をする。


「いやいや、あんちゃん久しぶりだなぁ……一昨日おととい以来か?」

「あぁ……」

(気のせい?)


 一瞬嫌そうな表情を見せた相手の男は大きな声を出しながら、馴れ馴れしい様子で近づいてくると、レンナを指差しながらガゼットに聞く。


「でっ? どういうことだ、この別嬪べっぴんさんは」

「どういうこととは?」

「いや、まぁうん……どうしてここに?」


 先ほどの陽気な態度を曇らせて、男がレンナへと矛先を変える。

 ガゼットと話をしていても埒があかないので当然ではあるが。


「初めまして、レンナ=レイと言います」

「……恋人?」

「同じパーティです!」

「同じパーティ!?」


 恋人かどうかである以上に、驚きの声をあげた店員がごほんと咳払いをする。


「あぁ、失敬。で、何のご用ですか?」

「リヴェルハイムに行くまでの馬を借りれたらなぁと」

「リヴェルハイム? 遠いな……とりあえず、立ち話も何ですから、事務所の中にどうぞ」


 爽やかに男が言うとそのまま、空調の効いた小さな建物へと案内されるのであった。



「リヴェルハイムなら……」


 そういうと、厩舎で働く男は地図を取り出して机に広げる。

 事務所に案内された二人――ガゼットはもはやおまけと成り果てているが、レンナは地図を見ながら、リヴェルハイムまでの経路を話し合っていく。


「なにサボってんだ!」


 いきなりドアを開けて怒鳴り込んでやってきた男――おっさんは、二人を見ると一瞬驚いた顔をして、さらにはガゼットの認識をすると、侮蔑的な表情を浮かべる。


「こんなところで、何してんだ? 真面目に働け」

(ガゼットの評価とは一体……?)


 だいたい分かるため、今更何も言わないが、大抵の人が敵意を出すのは笑えばいいのか嘆けばいいのか――ちょっと悩んでしまう。


「えっと、私たち、リヴェルハイムに行きたくて……」

「まだそんなこと言ってるのか」


 ――まだ!?


 過去にそんなことを望んでいたのかと驚いていると、ガゼットが立ち上がって、おっさんの前で睨みつける。


「お前が言った40万イェンは用意したぞ」

「40万!?」


 我々はどこへ行くのか? 海越えでもするのか?

 正気じゃない金額を真面目に提案するガゼットに引くレンナだが、相手のおっさんは不敵に笑う。


「それはちゃんとして稼いだ金なのか? 相変わらず、卑怯な真似をして稼いだ金じゃないだろうな!」

「金に違いなんかない」

「いや、そもそも卑怯じゃないでしょ!」


 卑怯を前提とする相手も相手だが、ガゼットの反論もずれている。

 確かに間違いではないのだが、卑怯を否定しないせいで裏があるように見えてしまう。


「っていうか、そもそも40万って何!?」


 そもそも、超絶セレブの旅行がしたいわけではないのだ。

 冒険者の移動――しかも、殺しても死にそうにないガゼットをつれての移動である。

 証明書さえもらえれば、あとは駄馬を渡されても問題ない。

 何なら最初から最後まで馬を運んで国境越えられるまである。


「証明書ってそんぐらいかかるんじゃないの?」

「なわけないでしょ!」


 レンナはガゼットのズレた常識に呆れるが、目の前のおっさんも呆れたようにため息をつく。


「実際は140ディールだ」


 ――あぁ、こいつが犯人か。


 ガゼットの常識がぶっ壊れている理由は単純におかしいのもあるだろうが、知識に関しては周りにぶっ壊されているからだろう。

 本来であれば、すぐに誰かに教えてもらえるような内容も、そのような人生経験豊富な足手纏いをガゼットは望んでいない。

 そして、請求されたガゼットは札束を取り出すと数え始めた。


「ほらっ」


 140枚の札を取り出したガゼットがおっさんに向けて支払おうとして、レンナは慌てて止めに入る。


「待て待て待て、待ちなさい! それ、1枚20ディールだから!」

「つまり……?」


 ガゼットは一旦札束を袋に戻すと、少しばかり思案した様子でパラパラとお札をめくり7枚取り出す。


「……なぁ、これって何イェン?」

「あー、だいたい2万ほど?」


 頭の中でざっくりと計算したレンナはガゼットに告げる――告げてしまう。


「2万? ……はっ?」


 一瞬、本当にキョトンとした表情を浮かべると、レンナの背筋に嫌な悪寒が走る。


「どう言うことだ?」

「こんな常識も知らないまま、どこに行くつもりだったんだ」


 ガゼットの質問におっさんは呆れたような様子で質問をしていく。

 だが、そんな質問に答えはなく――ガゼットは切れた。

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