第22話 恐怖再来

「ガゼッ……ト?」


 何も読み取れないいつもの表情。

 だがしかし――アビスフェルシアで感じた時よりも濃密な恐怖にレンナの足はすくむ。


(どういうこと?)


 レンナは喉が絞め上げられたかのような感触に声を出せない――だというのに、相手のおっさんは気にした様子も見せずにガゼットから7枚のお金を奪うようにもぎり取る。


「ふん、とりあえず金があるなら、文句は――」


 メヒィイイイイン


 おっさんが最後まで言い終わる前に、馬の悲鳴が――それも一匹や二匹ではなく大量の馬がバタバタと暴れ回っているようであった。


「ええぃ、またか!」


 言うと同時におっさんは顔をしかめながら部屋から出ていく。

 ガゼットの苛立ちが部屋の外へと溢れ出し、レンナだけではなく馬にまで波及していった。


 しかしながら――


「大丈夫?」


 これほどの恐怖に締め付けられる状況で、青年は体調を悪くしたレンナに気遣う様子で声をかけてみせる。


「え!? えぇ……」

(まさか、今の状況に何も感じてない!?)


 優しさを見せる余裕のある青年にしろ、出ていったおじさんにしろ、ガゼットに対して欠片も恐怖を抱いている様子はない。


「顔色悪いよ? 座る?」


 騙されていたことを知ったガゼットの憎しみが、レンナの精神力をゴリゴリと削っていくのだが、青年はそんな様子を欠片もみせずにレンナの心配をする。


(認識の違い……か?)


 この青年に限った話ではなく、だれもかれもがガゼットのことを脅威きょういに思ってなどいない。

 これらを踏まえるに、この村でガゼットはせいぜい詐欺さぎ師、なんなら小悪党程度に思われているといったところか?

 あまりにも次元の違う力の差だが、認識をするにはコツがいる。


 警戒、観察――そして、知識


 侮られているがゆえに、誰も本気で見てもいないし、知りもしない。

 ガゼットに対して本気で悪意を持っているようなものもおらず、主張のすべてが馬鹿なガキの戯言として扱われてしまうのだろう。

 だからこそ、功績も憤怒も全てが流されてしまっている。


「ガゼットって何歳なの?」


 ガキ扱いをされるガゼットの年齢がふと気になったレンナは青年へと聞く。


「十六」

「えっ!?」


 質問されたと勘違いしたガゼットが感情のない金色の瞳をレンナに向けて答える。


(若いと思ってたけど、まさか私より若い!?)


 想像以上に若い年齢にレンナは驚く。

 だからといって、外の世界に行こうとする少年に間違っていくのを防ぐため、無茶な大金をふっかけようといった考えに賛同する気は起きないが。


「いや、待て待て違うだろ!」


 表情こそ普通だが、ドロドロとにごる殺気をばらいているガゼットに、青年は平気な様子で近づくと苦笑しながら話しかける。


「お前は俺の三歳下だろうが――えっと、つまり、十八だぞ! ちゃんと年齢は覚えておけ」

「……十八」

「そ、そう」


 多分、成人の時に自分の年齢を覚えてから、数えていなかったんだろうなぁとホッと胸を撫で下ろす。


(さすがに年上だったか――いや、若いことに変わりはないけど)


 どちらにしても、自立と庇護の境目だろうか?

 そして、一般的な自立とは違った方法で自立してしまうガゼットを誤った方法で庇護してしまったのだろう。

 著しく足りないガゼットの常識。

 本来であれば、足りない実力や常識は仲間や先輩のアドバイスなどによって補われる。

 つまらない嘘など大人には通じないし、足りない実力は他者と協力していくことで、成長していく――つまり、実力が足りていた場合、常識だけが欠落する羽目となる。


 そんな足りない常識に付けこまれて騙されていたうらみつらみ――金銭感覚が足りず、良くも悪くも素直な部分が、最悪の方向に合致したガゼットの怒りは収まることなく外にいる馬を迫害し続けていた。


「いつも以上に騒がしいなぁ」


 騒ぎ続ける馬の様子に青年がさすがに困惑した様子でつぶやく。


「アビスフェルシアで何かあったんですかね?」

「アビス? うーん、かもね?」


 作り笑いを浮かべ、青年は適当に肯定して見せた後、視線を一瞬だけガゼットに移す。

 もっとも、その後に本気で不思議そうな表情して、首を傾げていく。

 異常の元凶であると察知はしているが、確信までには至らないといったところか。

 どちらにせよ、ガゼットが落ち着かせないことには馬には乗れない。


「とりあえず、先に許可証を発行してもらえますか?」


 レンナ自身も140ディールを払うと手続きを始める。


「確かに――毎度ありがとうございました」


 手続きをしてもらう間に、ガゼットの機嫌を取ろうとレンナは近づいていく。


「ねぇ――」


 どうやって落ち着いてもらうのか、出ない答えにレンナは悩むのだが――その答えを探し出す前に一匹の獣がガゼットの元にやってくる。


 ――ガゴン


 ドアを蹴り飛ばしてやってきた白い獣。

 立派なたてがみに輝くような美しい毛並み、そしてふわふわとした羽のついた馬――いや、ペガサスがガゼットの元にやってきた。


 Guoooooo


 やってきた理由はきっと、たぶん……殺気を振りまくガゼットを倒しにきたのであろう。


(今日の昼食は馬刺しかな?)


 睨み合う一人と一匹に、ペガサスの肉は果たして馬と同じ味なのだろうかと、レンナは現実逃避を始めるのであった。

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