第23話 ペガサス―襲来

 Buooooo


 鼻息を荒くして吠えるペガサスをガゼットはつまらなそうに見据みすえ、殺気を解き放つ。

 そして、手に持ったバスターソードに力が加わり、床からほんの少しばかり浮く。


 Bubuooo……


 さっきの威勢はどこいったのか、はっきりと向けられる殺意に、対面したペガサスは、ゆっくりと後ろに下がり始めた。


「ちょ、ちょっと落ち着けって」


 いきなり襲来したペガサスに、呆気に取られていた青年はなんとか気を持ち直すとなだめすかしにいく。


「ほら――どうどう!」


 落ち着かせようとする青年だが、異常な怯えと対抗心が同居したペガサスは、全く落ち着く様子を見せない。

 そんな中、今度はおじさんまで戻ってきた。


「一体どうした――」


 困った様子でやってくる全ての元凶――それを視界に収めたガゼットは、さらに殺気を放ってしまう。


 Buuuoooooo


 そんなガゼットの殺気に当てられたペガサスが雄々しく叫ぶと、おっさんと青年の二人をその場から吹き飛ばす。


 Meheeeee


 正気を失ってただ暴れただけなのか、それとも飼い主をガゼットから守ったのか。

 真偽不明――というより、完全なやりすぎで二人は伸びてしまっているのだが、ペガサスは相変わらずガゼットを鼻息荒く睨みつけ、そして覚悟を決めたように足を曲げる。


 Guooooooo


 後ろ足を蹴り出し、真っ直ぐ一っ飛びに、ガゼットに向かって突っ込む。

 恐怖を撒き散らし、表情のないガゼットは敵を見据えてスッと目を細めと、バスターソードを持ち上げ――


 ビュゥゥン


 ペガサスの襲来に合わせてガゼットが振り抜くが、部屋の中まで突っ込んできたペガサスは羽をドアに引っ掛けて、斬られるより早く後ろに飛んでいった。


 意外と警戒心が高いことにレンナは驚いていると、次はガゼットが飛び出す。


「バスター――」


 ペガサスに向けてバスターソードを振りかぶるガゼットにレンナが叫ぶ。


「それ以上はやめなさい!」


 反撃に文句を言うつもりはないが、流石に追撃は見過ごせない。

 レンナの命令に、振り下ろそうとするバスターソードをガゼットは止めて、どうしようかと視線を泳がせる。

 ペガサスの前で無様な隙を晒しているものの、全力で警戒している相手は、襲いかかるほどの度胸はないようであった。


 Buruuuuu


 ペガサスはいななきながら、ガゼットを睨みつけると圧をかけていく。

 もっとも、その程度でガゼットが怯むはずもなく――


 Buroooo……


「何してんのこいつら……」


 爆発した殺意はすでにしぼんでおり、やる気なさげに突っ立つガゼットと、それを睨みつけるも怯えが消えないペガサスの構図にレンナは呆れ返った。


 Hushuuuu


 深呼吸? をして、鼻息荒くしているペガサスだが、生憎とガゼットを倒す未来が見えなければ、さりとて、このまま切り刻まれる馬鹿とも思えない。

 そうして、なぜか睨み合っている一人と一匹のそばで、ペガサスに飛ばされた二人がようやく目を覚ます。


「うぅ、どういうことだ?」


 ずっと起きていたレンナですら、あまりよくわからない現状に、起き上がったおっさんが理解できるはずもなく困惑する。


「一体どうしたって言うんだ。ほら、どうどう」


 相変わらず、正気を失った馬たちの悲鳴が響き続ける中、どうにかペガサスを落ち着かせようと、おっさんがなだめ始める。


「ふむ、それでいいですよ」

「はっ? 今取り込み中だ」


 必死に宥めている最中に、いきなりレンナに話しかけられたおっさんは、迷惑そうな様子で黙らせるが、それでもレンナは気にしない。


「移動手段はその子でいいですよ」

「はぁ? あのなぁ――」

「そもそも、その子以外使えませんよね?」


 人に馬を貸し出して商売をしているわけだが、殺気が消えたとはいえ、馬の動揺はまだまだここまで聞こえる。


「あのなぁ、高いぞ?」

「はっは~、またまた~」


 真面目なトーンで聞くおっさんに対して、レンナは受け流すように笑って見せた。


「なんのつもりだ?」


 笑いどころでも冗談でもないタイミングで、コロコロと愉快そうに笑ってのけるレンナに、おっさんはいぶかしげに顔を顰める。

 だが、レンナは相変わらず面白そうに笑った様子で、おっさんの元に近づいていく。


「そうやって嘘をつくのが、ここの流儀なんですよね?」

「なにを――」


 何か言い返される前に、レンナはクスッと笑う。


「高いぞって、おっしゃっても、実際は安いんですよね? だって、本来140ディール――2万1000イェンが40万イェンになるぐらいですもんね?」

「あのなぁ……」


 親切でやったなどと、おっさんとしても言うつもりはないが、都会に行くならば"本来"その程度の余裕を持つのは当然のことであり、"一般的"な話としては特段に間違っているわけではない。

 そうした背景を無視して交渉こうしょうしようとするレンナに呆れた顔を見せるが、響く笑い声で不快感を煽るレンナが首を傾げて質問する。


「高いっておっしゃられることは、実際は1ディールぐらいですか~?」

「ふざけんな!」


 馬鹿にした様子で舐め腐ったことを言うレンナに、今度はおっさんがキレ散らかすのであった。

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