第24話 レンナの交渉術

「ふざけている? どっちがです?」


 きょとんとした表情で、本気でわからないとでも言いたげな様子に、相手の言葉は続かなかった。


「そもそも、まともな馬も用意せず、なんとか乗せてくれそうな馬で多額の金をぼったくろうという魂胆の方が、ふざけているに決まってるじゃないですか!」


 その唯一の馬が特別なペガサスであるため、正当な金銭要求をしているにすぎないのだが……しかしながら、過去に常軌を逸した要求をしていたのは確かである。


「そんな悪質な方法で、ぼったくるだなんて、とてもじゃなきゃできませんよね?」


 悪質さだけでいえばこちら側もなかなか負けていないというか、ガゼットが健全な馬たちを脅しつくして、残り一匹を端金で買い叩こうとするなど、わざとであれば言語道断であろう。

 それでも、ガゼットが切れた理由は元を正せば厩舎側にあり、なにより、そのガゼットについて、誰も理解していないので、なにかしらの異常があることは分かっても追及まではできない。


「そもそも、お前らごときに乗れんわ!」

「そうなの? じゃあ――ガゼットぉ! このペガサスに乗れる?」


 何も知らない馬鹿な意見にレンナは満面の笑みを浮かべてガゼットに聞く。


「そりゃ――」


 当たり前だろといった表情で首を傾げると、そのまましゃがみこんで――なぜか大ジャンプをかました。


「「はっ?」」


 はからずも、おっさんとレンナの心が一致する。

 ガゼットは文字通りペガサスの上に乗る――というより立つ。


「これでいいか?」

「良い訳あるか!」

「せめて座りなさい!」


 相変わらず卓越した着地技術と、霧散した殺気も相まって、ペガサスは暴れていないのだが、馬の体幹がすごいのか、それともガゼットがすごいのかはさっぱり分からない。


「で、なにがしたいんだ?」


 ペガサスの上にちゃんと乗ったガゼットが不思議そうな様子で聞いてくるのだが、その返答とばかりにペガサスがいなないた。


 Meheeeen


 上に乗られていることにようやく気付いたらしく、ペガサスはガゼットを振り下ろさんと、バタバタと暴れ始める。

 もちろんその程度でガゼットは落ちないのだが、次の手段としてペガサスは初速から全力で走り出し、本気で振り落とそうとし始めた。


「では、これが代金です」


 あらぶるペガサスをよそに、レンナはおっさんにむりやり1ディールを握らせると、強引に精算すませていく。


「いや、なにを――」


 金銭的な意味もだが、なにより、まともに乗りこなせないのなら、払われても困る金におっさんはうろたえてしまう。

 もっとも、ガゼットがこれから落ちると思っている人と、なにがあっても落ちないと思っている人とでは認識が違うわけだが。


 Heeeeeeen


 急な全力疾走であっても、ガゼットは向かい風にも慣性にも負けることなく、平然とした様子で座ったままであった。


 これでは振り落とせないと感付いたペガサスは白い羽を広げると、羽から粒子をまき散らして輝かせていく。


 パカラッ、パカラ


 走りながら羽に風を浴びると、次は空へと飛翔ひしょうを始めた。


 凶悪な敵――いきなりやってきた謎の男が尋常じゃないほどの殺気をまき散らせば警戒もするし、その男がいつの間にか背中に乗っていれば振り落とさずにはいられないだろう。


 そう、空を飛んだ理由はガゼットを背中から落とすため。


 この厩舎は馬の育成だけではなく、貸し出しもしており、そのため出入り口には看板がかかっている。

 そんなアーチ状の看板に向けて飛び立ったペガサスは枠の下ギリギリを狙って通ると、乗っているガゼットをぶち当てにいった。


 ブオォン


 暴れても、走り出しても落ちないガゼットだが、看板に激突させれば落ちるかも知れない。

 しかしながら、手に持っていたバスターソードを振って看板を切り裂いたガゼットはそのまま落ちることなく乗ったままペガサスと共に看板下を通り過ぎたのであった。


「あぁ……」


 何とも言えない声を漏らしながら、レンナの隣でうめくおっさんににこやかな笑みを浮かべながら声をかける。


「ほら、乗れますね」

「はぁ、君は乗れるのか?」


 だんだんと対抗するのがバカらしくなったのか、投げやりな様子でおっさんが聞く。


「そりゃ……多分……きっと」

(あれ? 冷静に考えたらどうしよう?)


 そもそもの予定では二匹の馬で行くつもりだったのだが、冷静に考えると何かの拍子にガゼットが切れるだけで、落馬しかねない状況はかなり怖い。

 どうしようかと悩んでいると、ペガサスに吹き飛ばされてから、どこかに消えていた青年が口をはさんでくる。


「それならこれを使うといいよ」


 どこから話を聞いていたのか不明だが、えっちらおっちらと乗馬のくらを運んできた青年がにこやかに口を開く。


「不安だったらこの鞍がおすすめ。テトラスの体を合わせて作られてるからガタつかないし、魔力伝達効率が優秀で乗り手の負担も少ない。それに、二人乗りも可能だよ! 値段はちょっと張るけど……」


 どこから聞いていたのか、熱心に鞍を宣伝する青年を見て、レンナは少し考える。


「テトラス?」

「あの子の名前」

「そう。それっていくら?」

「36万イェン。レンタルだと3万6千イェンかな」

「ふーん、だったら――」


 買う必要はないので、とりあえず3万に値切ろうとして、首筋に嫌な視線が絡みつく。

 多分この青年はペガサスが1ディールで貸し出されたのは知らない。

 ここで中途半端にごねて、再度おっさん側に適正な値段交渉を始められる方が厄介だろう。


「わかったわ! レンタルでお願いするわ」


 持ち手のついた鞍にガゼットがいれば、空の旅でも命の危険は多分心配ない。


 Heeeeeen


 先程まで落とすのに必死だったペガサスはすっかり従順な様子で、近くに降りてくると、心地よさそうに鳴く。


「で? 乗ったけど?」


 いまいち状況を理解していないガゼットの質問にレンナはにっこりと笑う。


「じゃあ、行きましょうか――次の街へ」

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