第35話 リーヴァス
ナンパされてようがスリに会おうが、これらの問題を片手間で対処しつつも、黙々と食べていたガゼットのミートプレスはすでにレンナと同じぐらいの片手で持てる量となっていた。
残っている量こそ同じだが、これまで食べた量を加味すれば、レンナは遅いと言える。
もっとも、その言及が必要かどうかは置いといて。
「てめぇらも食べられなくしてやろうかぁ! あぁああああ!」
今の状況は決して呑気な会話に花を咲かせている場合ではない。
それでなくとも、若干正気ではない相手の晩飯が無に帰した中で、話す内容ではなかった。
「いつまで、その舐めた態度でいやがるつもりだ!」
苛立ちの限界に来たのかリーヴァスは足を引き上げると、足元のバスターソードを目掛けて蹴り上げる。
それと同時に、ガゼットはバスターソードをガゼットが踏みつけて、動かないように固定した。
「ぐっ……て、テメェ!」
蹴り飛ばすはずだったバスターソードがびくともせず、蹴り上げた力がすべて自分に返ってきた男が思わずうめく。
みっともなく叫ぶ真似はプライドによって抑えた相手だが、所詮は醜いプライドしか持ち合わせていないため、勝手に晒した恥を挽回しようとガゼットを睨みつける。
「殺す。ぜってぇ殺す!」
「ちょっ、それは――」
この程度の小競り合いなんてものは少なからず避けられないものだし、ガゼットの態度は積極的に呼び込んでいるとも言えてしまう。
それでも……武器を取り出すのはやりすぎであった。
「なぁ、あんた――」
「うるせぇ!」
勇猛果敢に周りの客が窘めようと声をかけるも、リーヴァスは怒鳴りあげて黙らせる。
そして、剣を振りかざした相手に対して、ガゼットは右側に――リーヴァスが蹴り飛ばしたかった方向へと軽くバスターソードを蹴りずらすと、剣を取りに立ち上がった。
「待てや、コラァ! それを取ったら、この女を殺す」
「ちょ、なんで!」
「黙れぇ!」
「ひゃぅん」
レンナに向けて、剣を伸ばすリーヴァスだが、待てと言われたところで待つような人間でもなくガゼットはそのまま剣を取ろうと
「待て! まっ――死ねえ!」
「えっ?」
レンナに襲い来る凶刃――本来なら、もうちょっと自分でなんとかしただろう。
だが、ここ数日、レンナはガゼットの庇護のもとぬくぬくと守られ続けていた。
そのため、喉に突き立てられようとしたナイフに反応ができずガゼットはそんな中でも左手にバスターソードへと手を伸ばしていて、明らかに間に合わない。
「嘘っ――」
――死ぬ!?
決めきれない覚悟を前に目を閉じて、不意に訪れた突然の死から目を逸らす。
「……ん?」
やってこない痛み。さすがに、この程度で殺人を犯す愚か者はいなかったのかと、うっすら目を開けた先では、ガゼットがバスターソードを拾い、そのまま背負っていた。
先ほどとの違いがあるとすれば、右手に持っていた手綱がこちらの方に伸びているぐらいだろうか?
そして、その手綱の先には――
「なっ!?」
レンナから見て右側ではナイフが首筋に添えられているが、そのナイフをもったリーヴァスの右手に手綱が絡み付いている。
「くっ、テメェ……」
ガゼットは手綱の縄で右腕を縛り上げ、その上で自身とリーヴァスの間にある机の端を経由することで動きを止めたようであった。
(それはそれとして、こいつどこまで器用なの?)
頭が良すぎても、悪すぎても会話が成立しないといった話を聞いたことがあるが、異常までの器用さや身体能力も、それはそれで会話として成立しないのかもしれない。
「ちっ――」
縛り上げられ方の都合上、押し込むことはできないが、引くことができることに気づいた相手が腕を引いて手綱を外す。
「殺す!」
目を血走らせたリーヴァスだが、これまでとは様子が違う。
先程までのように怒りに任せて暴れるのではなく、本気の殺意を
「……どうする?」
ガゼットが負けるとは思わないが、戦うメリットも特にない。
「どうってすでに聞いたろ?」
「えっ?」
なんて言ってたっけ? と必死で記憶を探るレンナにガゼットは呆れたように聞く。
「食べるの遅くね? 俺は食べ終わったぞ?」
「――っ、なんの話!?」
相変わらず馬鹿を極めた質問にレンナの頭はクラクラする。
というか、さっきと今の間に飯を食うタイミングなんてレンナ視点ではなかった。
ガゼットはなぜか食べ終わっていたが……というか、どのタイミングで食べたんだ?
「ぐぎいいいいいいいいい」
噛み合わない会話をする二人の前で盛大な歯軋りをしたリーヴァスがギロリと睨みつける。
沸点が低い人間とはいえ、ここまで人は怒ることができるのかと一周回って感心しそうになるが、怒りの形相のまま相手は深呼吸をおこなう。
そして――
「殺す」
手に持ったナイフが青いオーラを纏いさらに刃渡りが長くなる。
魔法によって切れ味をあげる魔道具――ならぬ魔道武器。
いくら短気で浅慮なゴミカスでも本来なら越えないであろう一線を憎しみのあまり踏み越えてしまっていた。
「しゅー」
長い息を吐き、リーヴァスが素早い身のこなしで近づく。
「はぁぁあああ!」
いくらガゼットでも生身で受ければ、死んでもおかしくない攻撃――おかしい以前に死んでもらわないと、もはや人としてまずい攻撃に、ガゼットは明確にリーヴァスを見た。
「死ねやぁ!」
叫び声と同時にナイフを振りかぶり、ガゼットが手綱を投げて、再度
「ざけんなぁ!」
同じ手に引っかかるはずもなく、リーヴァスは縄に向けて刃を振り下ろし……
「あっ!?」「えっ!?」
魔道武器の刃が触れようとした瞬間、まるで縄に意思があるかのようにぐねりと曲がり、刃を躱していく。
「なん……ぐわぁ」
リーヴァスが驚いている隙に再度、がんじがらめに縄で縛られることとなった。
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