第34話 食べてるだけで一波乱

「はい兄ちゃん。ハリスターお待ち」


 ドカンと迫力のある音と共に置かれた、食べ物にレンナは思わず目を見張る。

 今回二人が選んだのは 挽肉をつくね固めてパンで挟んだミートプレスという食べ物。

 その中でもレンナが両手で持てるほどの大きさに対し、ガゼットは縦にも横にも3倍ほど大きさのハリスターと名前が付いたミートプレスを選んでいた。


「ねぇ、一本抜いていい」

「どうぞ、お好きに」


 レンナのお願いに、ガゼットは興味なさげに答える。

 彼女自身のガゼットと同じ食べ物を選んでいるが、あまりにも大きいミートプレスであるハリスターには細い金属棒を何本も刺さっており、引き抜くとじゅわりと肉汁があふれ出すのだ。


 これらの棒は外面が焦げてしまうのを防ぎ、なおかつ中に火を通す役割を持ち、まるでハリネズミのような見た目からハリスターと呼ばれる。


「これほど大きいと、食べてみようとは思わないのよねぇ」


 出ている針を指で突いて、肉の弾力を楽しんだ後、レンナは針を摘む。

 いくら美味しいと言えど、肉の油であるため、こんなでかいのを全部食べればしんどくなってしまう。

 だが、少しであれば、それは非常に幸福度を上げてくれる。


「一発俺も抜いてくれや」

「抜くためにも、まずは刺してあげましょうか?」


 抜いた針に絡む油を舐め取りながら、左隣からいきなり声をかけてきた下劣な不届きものにレンナがぴしゃりと言い返す。


「はっ! 威勢のいいお嬢ちゃ……ん? あんたレンナか?」

「ほえ?」


 誰かわからぬ相手にレンナは首を傾げるが、相手はガゼットを見て少し笑う。


「まだ生きてたのか~」

「……死んだことは一度もありませんよ」


 ――死にそうになったことはあるけど


「んで、あれが君の護衛? 頼りなさそうだな。乗り換えない?」

「お誘いは嬉しいですが、ご遠慮しますわ」

「そんなこと言わなくても……なぁ?」


 絡んできた男はガゼットに対して煽るような視線を向けるが、当のガゼットは全く見向きもせず、銀の針を抜いては溢れ出る肉汁をおいしそうに食べていた。


「どうした? ビビってんのか?」


 冒険者の悪い癖であろうか。無駄に喧嘩けんかっぱやい相手が煽り立ててくる。

 あいにくと、クソデカ剣ことバスターソードは二人の足元で寝っ転がっているため、現状は手綱を脇に置いて丸腰でハリスターをかじる荷物持ちに見えなくもない。


(弱そう……か?)


 もっとも、バクバクと食べる大食漢あまりは弱そうには見えず、レンナは不思議そうに内心で首を傾げる。

 だが、配信者のレンナには理解しえないことであったが、冒険者は冒険者なりのマウントの取り合いがあったりするのだ。


 例えば、煽られたのに視線を合わせることすらできない軟弱なんじゃく者な冒険者は馬鹿にされてしまう。

 そういう点で、目を合わすことすらせず、周りから見れば必死に無視を続けているガゼットの評価は相手の中でひたすら下がっていた。


「あっ?」


 もっとも、いきなりハリスターについた針を3本抜いて、手の中で弄び始めたガゼットに声をかけてきた相手は警戒していく。

 レンナ自身どのような意図かあるのかと気にしていると、いきなり2本の針を宙に向けて放り上げた。


「えっ?」


 カチャッ


 レンナが驚いている間に、右隣の男が剣に手を添えて身構える。

 そして――ガゼットは最後の一本を矢のような速度で放った。


 ――グサッ


「ぎゃあああああああ」

「ひゃあああああ」


 いきなり右隣で響く声につられて、レンナも思わず叫ぶ。

 右隣――ガゼットから見て左の冒険者が声をかけていない方向では、小汚い男がレンナの腰あたりに手を伸ばしていた。


痴漢ちかん!? ――いや、スリか!)


 バッチリと目があった相手の男は伸ばした右手に針を刺したままピャーと駆けだして逃げていく。


「っ!? 盗られてはないのか……」


『捕まえて!』と叫びそうになるが、ガゼットのおかげで被害がでなかった以上、捕まえたところで仕方がない。

 それでも放置しておいた方がいいのか、レンナは逡巡しゅんじゅんこそするが、ガゼットは既に興味がないらしく、二激目を放つことなく、堂々と落ち着いた様子で、ハリスターを食べ始めていた。


 もっとも、厄災というのは二人の行動に関係なく、ときおり理不尽にやってくる。


「いってぇな!」


 右手に針を突き刺したまま逃げ出したスリは道中で派手にぶつかっていきながら、走って逃げていく。


「おい、どういうつもりだ!」


 ぶつかられた男が叫ぶも、スリは既に店の外へと逃げて行ってしまっていた。


「おい、おいいいいいい」


 持っていた皿がひっくり返り、ソースが服にべったりと付けた相手が店の外に向かって吠え叫ぶ。


「げっ、リーヴァスかよ」


 スリにぶつけられた男――スキンヘッドの頭に派手な刺青を入れた筋骨隆々りゅうりゅうの厄介者が叫んでいるのを見て、レンナに声をかけていた男はそそくさと離れて知らない振りを始める。


「ちっ、テメェらか!」

「……私?」


 スリにぶつかられて服を汚し、晩飯がなくなって踏んだり蹴ったりの男は、行き場のない怒りをスリが逃げ出した元凶――レンナに向けて因縁をつけ始めた。


(いや、なんで?)


 和やかに食べていたはずの晩御飯の時間帯。

 しょうもないナンパや、その隙を狙ったスリぐらいなら、まだ和やかな日常であるのだが、はてさて……


(ガゼットがいればどうにでもなるといった思いと、ごとが更に大きくなる心配の両方があるのがなぁ……)


 気持ちは分かるが、それでも無関係な相手に噛みつくなんて理性が許さない。そんな真っ当な人間であることを願う思いは容易たやすく破られる。


「てめぇか! てめぇらのせいで俺のご馳走が、パーになってしまったがよぉ!」

「別に私達が何かしたわけでは――」

「ウルセェんだよ! 後処理に巻き込まれた被害者なんだよこっちは! 飯も服もテメェのせいでぐちゃぐちゃなんだよ。慰謝料よこせや!」

「んなばかな……」


 なにを慰藉いしゃするかもわからぬ金銭を払えるはずもない。


「んで、てめぇは玉なしか、オラァ! パンなんざ食ってる貧乏人がよぉ! なんか言えやコラァ!」


 レンナに向けて怒鳴るリーヴァスに対して、一切の知らん顔……先程声をかけてきたモブではなく、相変わらず興味なさげな様子を見せるガゼットに、なぜか怒りの矛先を向けて怒鳴り始めた。


「なぁ……」

「んっ!? なに?」


 相変わらずのスルーで終わるかと思いきや、話しかけてくるガゼットにレンナは動揺をしながらも聞き返す。


「食べるの遅くね?」

「……いや、遅くはないわよ」


 やはりというべきか、完全にリーヴァスを無視して、会話を始めるガゼットであった。

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