第33話 ノーチェスに到着
「ここら辺でいいかな?」
適当な場所に着陸すると、城門に近づいていく。
「大人しくしてなさいよ?」
ペガサスと――何よりガゼットにしっかり言いつけると、レンナは門番に声をかける。
「通してもらって良いかしら?」
「許可証はお持ちで?」
「どうぞ」
「ふむふむ」
わざとらしく大仰に門番は頷くと、許可証とレンナ――そして、ペガサスを見て、恐る恐る口を開く。
「あれ、ほんとに嬢ちゃんのか?」
「えぇ!」
「マジか~。まぁ、どうぞ」
そうして次の街――ノーチェスに入る二人であった。
「さてと、最初にすることは――」
「金!」
「……そうね」
めちゃくちゃ目を輝かせるガゼットに、無粋なことを言えないレンナは苦笑する。
「とりあえず、ペガサスを預けた後、教会に行きましょうか」
「……じゃあ、俺は店を探してるわ」
「どうやって合流するのよ」
「まぁ……頑張って?」
「無駄な手間をかけさせるな!」
寝言をほざく馬鹿を諭しながら、レンナはとりあえず厩舎へと連れていく。
「これは……珍しいなぁ」
小さな少年――見習いの小僧が、ペガサスを見て感嘆する。
レンナという少女が音頭をとって会話し始めた結果、厩舎のオーナーに舐められ、代用にあてがわれた見習いの少年が目を輝かせてペガサスに近づくとガゼットに声をかけた。
「えっと、お兄さんたちはどこまでいくの」
「都会」
「へー、えっと、身分証明書か渡航許可証見せてもらえますか?」
「持ってない」
「……」
「……」
見習い相手に零点の会話をするガゼットに、レンナは一瞬、田舎から出さなかったのは妥当ではないかと考えてしまう。
冷静に思い返せば、田舎でも零点であるため問題ない――ではなく問題しかない。
「はい、これでどう?」
役にたたないガゼットを押しのけて、レンナは二人分の許可証を出すと見習い少年は丁重に頷きながら受け取り、そして、そのままチラチラとペガサスに目を移す。
「えーと」
どこか悩んだ様子を見習い少年が浮かべ、必死に時間伸ばしをした先に、ふと思い出したかのように話し始める。
「そういえば、保険には入ってますか?」
「保険?」
「はい、途中で馬に事故があっても、弁償を求めません!」
「馬に事故ねぇ……例えば?」
「足を
「そう――」
そもそも、ペガサスは空を飛んでいるのである。
空の旅の圧倒的利点は事故の起きにくさにある――問題点は事故が起きた際は致命傷につながることだが、ガゼットが入れば、基本的に安泰なのだ。
「ど、どうですか?」
しょぼーんとした様子を見せる少年は可愛らしくあざとい。
くらっと来そうになる人がいそうだなぁと思うが、それでレンナの心は動いたりしない――いや、レンナの心はしっかりと動き、イタズラな笑みを浮かべる。
「それって、どれくらい時間かかる?」
「えーと、あしt――」
「私たちは今日にも出て行きたいのよねぇ~」
「えっ!? 今日!?」
すでに外が暗くなり始めている中で、無茶をいうレンナに見習いの少年は目を見開く。
この会話の後ろでは、ガゼットも眉を顰めて驚いているのだが、良くも悪くも素直で夜軍強行も問題ないタイプであるため、深くは気にしない。
ただ、少年だけが驚いている状況で、レンナはうんうんと頷く。
「というわけで、そんなに時間がかかるなら別にいらないかなぁ……」
「で、でもペガサスを休ませる必要が! それにブラッシングとか、その――」
必死に食い下がる少年の様子にレンナは薄く笑う。
「それもそうね。まぁ、やってもいいんだけど、お金がちょっとキツくてね……」
「うっ……」
どこか名残惜しそうな表情を浮かべる少年に、レンナは耳打ちをする。
「どうしても見たいなら、明後日まで伸ばしてもいいよ」
「えっ!?」
パァァァアと素直に目を輝かせる少年にレンナは財布を取り出しながら、悩んだ様子を見せて交渉を始めるのであった。
「あぁ、まぁ……なんというか」
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔をして」
「いや……うん……まぁ」
肉体的にはこれまでレンナは見てきた人間の誰よりも強くはあるが、精神的にはそうでもない。
「なんで、保険料だけに?」
抜けきらぬ動揺にガゼットが思わず呟く。
相手が子供ということもあってだが、ペガサスの面倒を少年に任せる代わりに、格安に保険料のみで明後日まで面倒をお願いしたのだ。
「だって、どう見ても相手の子はペガサスの面倒を見たがっていたでしょ?」
「……?」
「あとはただで面倒を見る言い訳を用意してあげればいいのよ!」
「……へー」
ガゼットは理解できない様子でレンナの言い分を聞く。
無駄に屈強で頑丈なため、理不尽や不条理に対してはかなり強いガゼットだが、その反面良くも悪くも素直であるため、駆け引きには非常に弱い。
基本的に自己都合のゴリ押しと
「次は金か……教会」
心底嫌そうな表情を見せるガゼットに、レンナは一瞬悩んで代案を出す。
「そんなに嫌なら、これで代わりに払ってもいいけど?」
ガゼットへの支払いは教会で引き出さないとできないが、晩飯を買うだけであれば、クレカで解決する。
「いいの?」
「一応、言っておくと
「わかった!」
どこまで理解しているのか不明なガゼットにレンナは思わずため息をつく。
「別にいいけど……教会となんかあったりした?」
「いや、単純にグチグチとうるさくていやなんだよ」
「あぁ……」
そこら辺の一般人ともうまくやれない社交性は、真面目な教会関係者と折り合いが酷くなるのは目に見える。
「剣を入れるなだと、服を綺麗にしろだの……」
「それが理由だと、むしろ教会の肩を持つけど?」
「なんでだよ。ギルドだと言われないだろ?」
「ん、まぁ……」
ギルドと教会を並べるのは間違ってはいるのだが、レンナはつい納得してしまう。
「それはそうと剣にしろ、
「あてがあるならいいけど、早く食べたい」
「ガゼットがいいならいいけど」
バスターソードを背負い、ペガサスを預けた証明書代わりの手綱を持ち歩くさまは、かなり不便そうに見える。
もっとも、ガゼットの身体負荷を真剣に気にするほど馬鹿らしいことはない。
「とりあえず、何が食べたい?」
「肉!」
打てば響く速さで、ガゼットが返答して、レンナは思わず呆れる。
「あんたって常に肉を食べてない?」
「……常にじゃない」
常に肉を食べられているわけじゃないことに、残念そうな表情を浮かべたガゼットに苦笑してしまう。
「まぁ探せばあるでしょ。じゃあいきましょ!」
「おー」
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