第36話 蛇鞭流
「えっ!? 魔法?」
ガゼットは恐ろしく器用であると同時に魔法は使えない。
魔道具なら使えるが、今手元に持っている手綱にそんな特別な魔法はかかっていなかったはずだ。
「違うけど?」
「嘘をつくなボケカス、おらあああ」
魔法でないといった発言にリーヴァスが吠え叫んで文句をつける。
「魔法による攻撃は犯罪だぞ。ボケえええええ」
「あんたが……いうの?」
国や地域ごとによって、認められる魔法の範囲は違うが、基本的に攻撃に魔法を使用することは犯罪であり、ナイフを振り回すより罪は重い。
それはそれとして、魔道武器を振り回したのであればだいぶ話は変わるのだが、リーヴァスにそんなまともな判断を期待することはまともではないと言えよう。
「くっ、離せカス!」
もがけばもがくほど、縄は相手をキツく縛り上げていく。
前に進んで緩めようとするも、すでに足にまで絡みついている縄は下手な行動を許さない。
睨みつけることしかできないリーヴァスを興味なさそうにガゼットが見つめ、そんな生意気な視線にさらに相手はヒートアップしていく。
いつまで続くのかわからぬ不毛な睨み合い。だが、それは長く続かなかった。
「ちょっ、待った。やめろ、やめろ!」
「ん? どうしたの?」
いきなり恐怖に怯える相手――ガゼットは一貫して殺気を出しておらず、不快な状況だろうが怯える必要はない。
それでも、リーヴァスのみならず、その後ろにいる相手までなぜか怯え始めていた。
「やめ、やめ――ぐっ」
体の力を抜いて倒れ込もうにも、縛り上げた縄はそれすら許さない。
ガゼットが投げた手綱は相手の関節を縛り、そして、相手の腕を捻り上げた様な状態となっている。
それがキツく締め付けられるほど、体に痛みが走り……なによりも、手に持っていたナイフがリーヴァスの背中を刺し始めた。
「やめ、頼む――降参! 降参だ」
身動きが取れずに、背中から自分で自分を刺しにいく感触に、リーヴァスは恥も外聞もかなぐり捨てて叫ぶ。
「
客の誰かが、ガゼットの技術に気づく。
意志を持った蛇のように鞭を操る流派――その中でも縛り上げるだけでなく、操るといった次元の相手に、周りの客はどう対処すればいいかわからない。
「ね、ねぇ――」
レンナが声をかけてみるも、ガゼットに反応はなく『助けて』と叫びながら、リーヴァスの背中にはナイフが徐々に潜り込んでいく。
そして、背中から流れ始めた血によって、周りへ動揺が広がる。
冒険者に死はつきものであり、なんなら、しょうもない喧嘩で殺し殺されることがないわけではない。
それでも、衝動的ならまだしも、冷静に、ゆっくりと――ましてや、降参している相手を殺すのは、あまり
「ガゼット……」
レンナは思わず声をかけるが、なんと言えばいいのかわからない。
『やめなさい』と叫ぶのは簡単なことだが、守ってもらうと約束した庇護のもと、どこまでガゼットの行動に口を出していいのか、明確な答えを持ち合わせていない。
やめさせるべきといった判断と、それを自分が下していいのかといった悩みに板挟みになりながら、レンナは拳を握り締め……バクバクとミートプレスを食べ始めた。
「んぐ――さっ、食べ終わったし、帰ろ!」
そもそも、ここにいる理由はレンナがご飯を食べているから。
すなわち――
「おぉ、そうか」
食べ終わったレンナに対して、ガゼットはまるで何事もなかった様に一瞬で縄を緩めると、出口に向かって歩き出す。
「お、おま――」
いきなり見放されたリーヴァスが何か言おうとするが、何も出てこず、近くにいたもう一人の男――最初にレンナに声をかけてきた相手が口を開く。
「なまっえ――名前は?」
――ガチャ、カランカラン
相手の質問にガゼットは当たり前のように無視をしてでていき、すでに何度も名前を呼んでいたレンナは微妙な顔をしながら、追っかけていくのであった。
「あんたって結構器用なのね」
「俺って不器用に思われてたの?」
「……いやぁ」
人間関係――日々の言動は致命傷レベルで不器用だし、あまりにも強すぎる力がゴリ押しに見えるため、腕力に身を任せた不器用な生き方に見えてしまう。
だが――
(言われてみればそうでもない?)
実際、崖から飛び降りた時に着地する技術は見事なものであるし、器用と言えるはずだ。普通はまず崖から飛び降りないが。
「不器用って思われるのは嫌だった? ごめんね」
「別に嫌というより……不器用か?」
純粋な疑問だったらしく、まっすぐに聞き返されてしまったレンナは思わず考える。
「そうね。肉体の丈夫さと器用さにかまけて、道具とか使えないイメージ?」
「俺って普通に道具を使えていると思ってたんだけど」
「言われてみれば確かに……」
予想外のトンデモ行動が印象に残るせいで忘れそうになるが、別に階段にしろ使えないわけではない。飛び降りようとするだけで――するな!
「でも――」
なにかぬぐえない違和感。ガゼットは確かに不器用ではないが、どこかに違和感が……
「もしかして、剣より鞭の方が上手いんじゃ――あっ」
なんともなしに、呟いたレンナはいくら何でも失礼な言説に思わず口をふさぐ。
だが、違和感としては正しい。
曲芸じみた行為の数々は剣士としての力量が低いことによって起きている。
そして、今回の鞭を操る技術は曲芸と言うより、達人のそれに近かった。
「確か、
「なんだそれ?」
「……えっ? あー、なんていうの?」
「なにが?」
「つまり、その縄を――鞭を操る方法の名前ってなんていうの?」
「えっ? ……鞭を操る?」
シーンとした空気が二人を包む。
「そう、その鞭を操る方法を何ていうの?」
「そんなこと言われても、鞭を操るなんじゃないの?」
「……えっ?」
別にガゼットは何も考えずに言い返したのではなく、何も考えずに鞭を操る方法の名前を言ったのだ――鞭を操る――と。
「待って! えっと、鞭の操り方って誰に教わったの?」
「いや、特に誰にも……」
困ったような顔をガゼットが浮かべるが、物事の意味不明さに関してはレンナもなかなか困っている。
「じゃあつまり、生まれた時からできたってこと?」
「そういうことだな!」
『さすがにそれは違う』といった発言を期待しての質問であったが、正解とばかりに同意を返されてしまう。
っつか、こいつじゃあなんで剣を持ってるの? 鞭使えば? そもそも、誰にも教えてもらわずにできたってこと? んな馬鹿なことある? もしかしてふざけて揶揄ってたりする? とてもまじめな表情をしてるけど……
「……とりあえず、宿でも探しましょっか」
人間と会話が成立するのは人間だけである。
ガゼットは日常では人間だが、基本的に冒険者として、とても人間とは思えない時がある。
「それと、泊まる部屋は別々だからね!」
一度許したかもしれないが、何度も何度も気軽に許すつもりはないレンナがぴしゃりと告げると、宿を探し始めるのであった。
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