第15話 レンナの朝ごはん

 レンナは服を着ては、脱いでを繰り返して鏡に映る自分の姿を確認する。


「うーん、なんか負けたって感じがするわね」


 誰との戦いかも分からない服選びをしながら、ため息をついてしまう。


「やっぱこれかね?」


 自身のピンク色の髪と対比させた淡い青色の服にピンク色した薄手のカーディガンをかけて、白色のスカートを履いて鏡を覗く。


「うーん、これだとちょっと暑いかなぁ? それに、やっぱ苦手だなぁ」


 カーディガンを脱ぎ、スースーとして慣れないスカートも脱ごうとする。


 ガチャ


「ひゃぁぁぁ」

「ほらっ、持ってきたぞ」

「ちょっと、出ていきなさいよおおお」

「ん? なんで?」

「いや――」


 着替えの最中なんですけど???

 脱ごうとしただけでスカートは脱いでいないし、なんなら、自分はガゼットの着替えをがっつりバッチリ見ていたのだが、それら全てを忘れて文句を言う。


「出てけ!」


 近くにある棍支自撮り棒を投げつけて怒って見せるが、ガゼットは投げられた棍支を自然な様子で掴み取ると、ベッドの上に放り投げる。


「ほら、持ってきたぞ」


 理由の分からないお願いを無視して、そのままベッドの上に座ると、口内洗浄剤リッシュと細長い箱を置いた。


「……なにそれ?」


 スカートを脱ぐのを諦めたレンナは見覚えのない箱に対して不思議そうに聞く。


「トー……あー、なんか。朝ごはんだよ」

「どんだけ雑な説明よ。あら、パンじゃないのね」


 細長い箱の先についてる蓋を開けると、パンではなく、パスタが出てきたことに驚く。


「これって携帯パスタ? 珍し~」


 珍しいものを見た様子で、もぐもぐと吸う。


「へ~、さっぱりしてて美味しいわね」


 ハーブが練り込まれ、トマトの酸味が混じる麺を啜りながら、レンナは味に感動する。


「なにしてんだ?」


 途中で食べるのをやめると、シャカシャカと振り始めたレンナにガゼットが聞く。


「いや、ちょっと味が薄かったから――」


 そういって振り終えると、レンナはまたちゅるちゅると食べ始める。

 少しばかり太めで、表面がザラザラとしている麺は、箱を振ることで中のチーズやオイルと絡みつきながら、味わい深くなってゆく。


「しかし、食べやすいわね」


 ザラザラとした麺は出口のストッパーと引っ掛かるようになっており、出てきた先端は中へと戻ってしまうことなく食べられる。

 チーズとオイルのコッテリとした組み合わせに、ハーブとトマトが混ざることでさっぱりとしつつも腹が膨れる朝にピッタリな食べ応えであった。


「やっぱ、都会から離れるほどパスタが美味しくなるのね」

「……都会ってパスタがまずいのか?」

「いや、そんなことないけど――どちらかといえば、パンが美味しいのよ」

「まじか」


 レンナの主張にガゼットは驚く。

 パンはマズイの代名詞――ってほどでは流石にないが、安く、栄養があって、日持ちする固形物である。

 ダンジョン飯といえばパンであり、だからこそダンジョン外ではパスタとなった。


 そのため、田舎であればあるほどパンの研究は安価・栄養量・保存性の三要素に焦点が当てられ、味についてはあまり研究されない。


「都会のパンは美味しいのよ。ふわふわでもちもち! まぁその分、ダンジョンの長期滞在では向かないんだけどね」

「ふわふわ? もちもち?」


 パンに似つかわしくない表現に、ガゼットは驚いて目を見張る。


「そうよ。硬くてまずい栄養食じゃなくて、ダンジョンをでても食べたくなる物なのよ」

「それはすごいな」


 食文化としては基本的にダンジョン内ではパン、ダンジョン外ではパスタであり、ガゼットもダンジョン外でならまずパスタを選ぶ。

 もちろん、ダンジョン外でパンを食うこともあれば、ダンジョン内には干し肉を持ち込んだり、倒した魔物を炙って食べたりと、一辺倒なわけではないが。


「その分、こうやってダンジョンでも食べられるパスタなんてものは経験がないわ」


 パンが研究されない分、パスタはちゃんと研究されているため、パンを美味しくしようといった発想ではなく、パスタをダンジョンに持ち込むといった発想になるのであった。


「量はともかく、味はいいわね」


 そして、気になる保存性といえば……それはあまり良くないのだが、新しい物の挑戦としては感じられる。


「おぉ、ガゼット! 見てみて!」


 箱の側に付いている小さな突起を押しながら引き上げることで中身が出てくるようになっていた。


「ここまでする必要ある? ないでしょ」


 中に残った少量のパスタと、パスタに絡みつき損ねたチーズの山が現れると、レンナはけらけらと笑いながらパクりと食べていく。


「最後まで食べれるようになってんだな」

「こだわりは強く感じるわね。美味しかったわ。ありがと」

「そうか。ほい、これ」


 ガゼットが軽い様子で口内洗浄剤リッシュ投げ渡し、口の中に入れようとしたレンナは動きを止める。


「もしかして、昨日ってこれを使わずに寝た?」


 怯えた様子のレンナにガゼットは薄く笑う。


「いや、ちゃんと使ってたよ」

「そうか、よかっ――」

「3個ほど」

「た~~あぁ? ほんと?」

「口の中に詰め込んで頬を膨らませてな」

「嘘!? なにそれ! ただの頭おかしいやつじゃない!」


 口内洗浄剤リッシュ――柔らかい袋の中には洗浄液が包まれており、噛み破いて口の中を濯ぐことで虫歯や口臭を防ぐのである。

 当然だが、3つ使っても効果が3倍になったりはしない。


「お酒、怖い。記憶、大事」


 この洗浄剤は基本的に無料で提供してもらえることが多いのだが、それをいいことに3つも貰った恥知らずっぷりに思わず頭を抱える。

 今は一つだけだが、それでしっかりと濯いだレンナは使い捨てコップに口をつけていき……


「そういやさ、責任とるぞ」


 ぶはぁっ


 小さなコップに全力で洗浄液を吹き付けるのであった。

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