第14話 責任とは

「いい匂いだ」


 香ばしいバターの香りに、ガゼットは嬉しそうにする。

 これから朝ごはんのわけだが……


「責任ねぇ……」


 現実逃避も束の間、出る前にレンナが言ってきたことを思い出す。


「なんの話だ?」


 無駄に強い肉体はアルコールに対しても同様で、飲んだ量はレンナ以上だが、全く酔っていない――そもそも、たいした量でもないので記憶を飛ばしたレンナが弱いだけなのだが。

 どちらにしろ取るべき責任が分からない。

 昨日はベロベロに酔ったレンナを介抱しながら、空いていた宿を確保。

 それから、ベッドにまで運んで座らせると、酒を飲んでふらふらのレンナに、寝る準備をするように指示しただけ。


「ふむ、なんの問題もないな」


 寝る準備をしろと告げられたレンナは脱がせてくれと甘えてきたのだが、ガゼットがそんな手間をかけるはずもなく、自分で脱げと切り捨て返した。


 そうして彼女は服を脱ぎ始め……脱いだ結果なぜか全裸になっていた。


 それには、さすがのガゼットも少し驚いてしまったが、しかしながら、寝る時の姿なんぞは人それぞれである。

 入るダンジョンを固定しているならまだしも、転々と場所を移動する生活をしていると、パジャマを持ち運ぶことはあまりない。

 普段着か、下着か、人によっては全裸でも寝てもおかしくないだろう。

 だが、その様子にガゼットが目を丸くしている間に、左手をレンナに絡め取られて、ベッドの中までまれてしまった。


 もちろん、ベッドに入ってすることは決まっている――二人とも、そのあとすぐに睡魔と合流したのは言うまでもない。


「なにも問題はないな」


 昨日の出来事を振り返り、ガゼットは責任という言葉を忘れると近くの従業員に声をかける。


「すみません。朝ごはんお願いして――」


 ……ん?

 俺の責任とは?


 朝ごはんを食べにいこうとする。

 ↓

 そんなガゼットを呼び止める。

 ↓

 なぜなら、自分も食べたいから。

 ↓

 責任持って私の分までもらってこい。


「そういうことか!?」


 彼女の意図を理解したガゼットは深く頷くと、彼女の分も含めて注文しなおす。


「あー、えっと。朝ごはんのお願いしてたんですけど、ついでに部屋のやつにもトリトア的なもの用意してもらっていいですかね?」

「わかりました」


 そうして、注文を終えると安心して席に着く。


 これで責任は果たされた。



「うまいなぁ」


 コッテリとしたバターにゴロゴロと肉の入ったパスタを食べながら、ガゼットは舌鼓したつづみをうつ。

 個人的には一枚肉の方が好みであるのだが、流石に重すぎるのか朝ごはんでは出てこない。

 周りを見ても、もそもそとパンを食べているか、あっさりとしたサラダとパスタの組み合わせで、ガゼットほどコッテリとしたものを食べている人はいなかった。


「どうぞ、あんちゃん。持ってきたで~」


 2つの口内洗浄剤リッシュと1つの細長い箱が机の上に置かれる。


「これは?」

「どこでも手軽に食べられる当店自慢のソエッタや」


 ソエッタと言われた箱の端側を開くと中からパスタの上部分が出ていた――多分ここから吸って食べるのだろう。


「もう一人の方の朝ごはんにはこれがいいで」


 恰幅かっぷくのいいおばちゃん。そんな、この宿の従業員にガゼットは冷たい目を向ける。


「俺が持ってくのか?」


 寝起きの少女のためにも、さっさと届けてあげる方がいいはずだ。

 それに、わざわざガゼットが届ける理由もなければ、食事を中断して、早くもって言って上げるつもりは欠片もない。


「鈍感さんか……」


 微かにささやく声――もっとも、バッチリと聞こえた声にガゼットは不思議そうに首を傾げる。


「こういうのは男の人が持っていってあげる方が彼女さんも喜ぶって。男の責任として、持ってってやんな!」

「責……任……」


 すでに立派に果たしたはずの責任問題を追及されたガゼットは言い返すことができず、相手の従業員はガハハと豪快に笑い飛ばし遠ざかっていく。


「ふむ……」


 持っていってあげることが男の責任――男の責任ってなんだ! なんだ?

 ぐるぐると頭の中を駆け巡り……とうとう気づいてしまった。


「……そういえば、あいつは一体、いつから起きてた?」


 あいつから見れば、確かに俺が逃げたように見えたかもしれない。

 だから慌てたし、責任を求めていた。


 よく思い返せば記憶がちゃんとあるかどうかも聞いてきたじゃないか!


「ば、バレてたのか」


 ガゼット=アルマークの推理は途中まで正しい。

 レンナは逃げられると思って責任と聞いた――ただし、女性の尊厳として。

 しかしながら、何も心当たりのないガゼットが行き着く先は一つ。


「クレカを利用して、昨日の晩飯と宿代を払ったことがバレたのか!」


 実は昨日の晩飯代と、宿代を彼女のクレカで払っていた。


 そもそも、本当はもっと手軽に済ませようとしたのに、レンナに呼ばれて酒を飲まされ、倒れた少女のために一人部屋を2つ取るより、安い二人部屋を選んで取ってあげたのだ。


「やはり、まずかったか……」


 もちろん、わざわざここでダブルを取ったり、しれっと晩ごはん代を全額を払っている当たり、出費を抑えようとする意図はもちろんあった。


 だが、ここで自分の分をきちんと払える程の理性があれば、その理性をもってして彼女を店に捨て置いたのは間違いない。


「つまり、これからやるべきことは……」


 責任を取る方法について、深く考え始めるガゼットであった。

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