第13話 思い出せない朝

 注意

 エロ展開はありませんが、エロ展開を匂わす発言があります。

 ご注意ください。


「うっ、うーん」


 まぶしい西日が差し込んで、体内時計が鳴り響いて目ふたの奥まで陽が降り注ぐ。


「眠い――頭痛い」


 抜け切らない酒に頭を抱えながら、レンナは目を開く。


「ここ、どこ?」


 宿であろう一室の大きな部屋。

 柔らかくて寝心地のいいダブルベッドでレンナは目を覚ます。


「昨日、どうしたんだっけ?」


 確か――思い出せない。


「えっと、晩御飯食べたっけ? いや、食べたね」


 それも二人で……そう、ガゼットだ。

 配信の稼ぎを確認して、お金を引きおろしてからガゼットに依頼金を払って……そして、ワインをガブガブ飲み干したことを思い出す。


「高いワインは酔わないって、やっぱり嘘だっのね」


 正確には高いワインはガブガブ飲まないから、酔わないのであって、自重なしで飲めばそりゃ酔うに決まっているが。


「んで……んで……待って。どういう状況」


 一緒に食事した記憶まではある。

 だが、それ以上の記憶はない。

 いったい、なにが、どうやってここにきた?

 そもそもここはどこ? そして何より――なぜ裸?

 二人が寝られるほどの大きなベッドには、もう一人の体温の残りが感じ取れてしまう。

 つまり、酔った勢いで……


 ――ガチャ


「きゃあああああ」


 必死に布団を被って、体を隠すと抗議する。


「んぎゃああああ」


 デリカシーのないガゼットに文句を言おうと顔を向けると、相手も何故か裸であり、さらに無様な声をあげてしまった。


「あんたねぇ! なに考えてるの!」

「何って?」

「服を早く着なさい!」


 顔を手で塞ぎながら文句を言ったレンナだが、パックリ開いた指の隙間から、ガゼットを覗き見る。

 ギリギリ見ちゃいけないところはタオルで隠されているが、だとしても、そんな格好で彷徨うろつかないで欲しい。

 しかしながら――


(なんというか、とても綺麗)


 熟練者ともいうべき、雰囲気こそ漂わせていたが、彼の肉体には傷跡がなかった。


 ダンジョンの経験歴が長い程、肉体には傷がつく。

 それを汚いなどというつもりはないが、傷一つないムキムキの肉体はとてもしなやかで、レンナとしては少しばかり感動してしまう。


「でも、なんと言うかもっとムキムキだと思ってた」


 肩に抱かれた記憶ならある自分の意見として、もっとゴツゴツしているように感じたことを思い出してしまって顔を赤くしてしまった。


「お前なぁ」


 服を着ろと言ってきたかと思えば、ジロジロと見つめられたガゼットはため息をつき、そのまま床に落ちている服を拾い上げて、レンナに押し付ける。


「ちょっ」


『なんで私の服がそんなところに!?』といった驚きと『そりゃそうか』といった納得感が自身を襲う。


「お前こそ早く着ろよ」


 呆れた様子のガゼットはどこか冷たい眼差しでレンナをじっと見つめる。

 キュッと貫く金色の双眸はまるで布団越しに肉体を見透かされてそうで、レンナは布団をさらに強く握って体を隠していく。


「あんたってさ――昨日のこと、覚えてる?」

「昨日? そりゃ、まぁ、全部覚えているが?」


 少しばかり気まずそうに顔を逸らして、ガゼットが言う。


「うっそ……あんた一体なにを!?」

「なにって、そりゃ――」

「いや、いい! 言わなくていい!」


 無神経で無礼な主張をしようとするガゼットに、羞恥心しゅうちしんの限界に達したレンナは無理やりさえぎって黙らせる。


(こうして私は……はぅ~)


 助けてもらったとはいえ、出会ったばかりの人と一緒のベッドに入るなんて……あまりに短絡的すぎな行動に頬が熱くなってしまう。

 そうして身もだえる少女相手に、無礼を極めた男は興味なさそうに離れていくと着替えを終える。

 相変わらず、私服も黒い服に身を包むのかと、ボケーっと見つめていると、出口に向けて手を伸ばす。


「じゃあな」


 そう言って、無慈悲に去ろうとするガゼットをレンナは思わず止める。


「ちょっと!? どこいくつもり?」

「どこって……」

「責任取りなさいよね!」


 逃げようとするガゼットに釘を刺すレンナだが、相手は反省するどころか、冷たい眼差しを返されてしまう。


「はぁ……」


 めんどくさそうな様子を見せると、ガゼットは手をひらひらと振って、部屋から出て行ってしまった。



「あ、あいつ!」


 乙女おとめの純潔を奪っておいて、なんたる態度か。

 反射的に怒って立ち上がるのだが、とはいえ、こんなあられもない姿で追いかけるわけにもいかない。

 そして、一旦落ち着くと段々周りが見えてきた。


「……別に逃げたわけじゃないのか」


 彼の持っていたバスターソードが部屋に置かれているあたり、きっと戻ってくるであろう。

 逃げたわけではない。しかしながら――


「いくらなんでも冷たくない?」


 もっと、責任感というものはないのだろうか?

 こう……もうちょっと、労わってくれてもいい気がするのだが……


「それとも、誤解?」


 初めての経験は痛いと言うが、実のところ、痛みといったものは感じていなかった。


 あまりの実感のなさは勝手な妄想の暴走か、それともガゼットが異様に上手であったのか……


「まぁ、いいか……」


 しょせん、様々な場所を巡って生きる配信者。

 なにが起きても自己責任であり、どうせ、責任なんて取ってもらいようがないのだ。


「というか、誤解の可能性もあるしね」


 冷静に考えて、ガゼットが自身を襲うほどに興味を持ってくれるイメージが湧かない。

 全く湧かない。哀しいほど湧かない。


「それってつまり……私に魅力がないってこと?」


 だんだんと理不尽な怒りを覚え始めるが、その理不尽をぶつける相手が幸いにしていないため、気にすることなく文句は言える。


「結局、考えても無駄か……」


 何もしていないなら問題なし、何かされていたら……先に立たない後悔をして終わり。

 命あっての物種であり、それ以上気にするのはやめるのであった。

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