第12話 信用金貨

「これ、みたことない?」

「ないな」


 ホルダーとはまた違う薄い板――見覚えのないカードにガゼットは首を傾げる。


「この中にはお金が入っているのよ!」

「まじか!?」


 札と金貨の世界に、知らない硬貨が入ってきたガゼットは思わず驚くが、何がすごいかはさっぱりわからない。

 正確には、残高を管理する数字が入っているに過ぎないのだが、教会の信用を盾に銀行と連携して、資産を動かせるようにしたのである。


「教会はこのクレカを発明したことで寄付金を募りやすくなって、配信ごとにされた寄付を配信者にお布施をしてくれるのよ」


 物理的な制約を逃れて、現地にいかずとも寄付ができるシステム――教会が配信による金稼ぎに全力を出した賜物たまものであった。


「そ、そんなことができるとは……」


 ちなみにだが、ここにいるのは専門家ではなく一般的な馬鹿二人。

 信用取引などといった概念は商人の間ではすでに使用されており、教会は遠隔えんかくからのお布施を可能にするため、個人へと適用したに過ぎない。

 しかしながら、クレカという不思議な物を初めて見たガゼットは非常に驚く――特に理解はできておらず、教会が発行元である都合上、使うこともしないが。


「そうやって寄付の環境も整えられたことで、配信はさらに進んだのよ」

「配信が進む?」

「最初はすでにホルダーを利用していた開拓者が配信を始めて、徐々に依頼を受けてダンジョンに入る討伐者や、成長記録として初心者もするようになった感じね」

「世の中は金だよな。そりゃ命がけで挑む人もいるか」

「うっ……」


 全く非難ではなかったのだが、気恥ずかしそうにレンナは視線を逸らす。

 だが、金を稼ぐ新たな手段ができれば、そこに人が群がるのは必然。


「色々想定外もあるからね。仕方ないのよ」

「なんというか、配信者ってみんな一人なの?」

「そんなことないわよ。むしろ一人の方が珍しいわ」


 そもそも論、配信者に関係なくダンジョンに一人で行く存在の方が珍しい。

 ネタになりやすさと無謀な馬鹿の多さから、配信者の方が若干高いぐらいか。


「珍しいからこそ、話題になりやすいのよ。それに、稼ぎを一人で持てるからね……」


 ある意味、成果を求められない都合上、一人でやっていけなくもない職業。

 実のところダンジョンでの死亡率は年々と増えており、それらも相まって、配信の禁止を掲げる層と、他者の死を安全けんで楽しむ二つの層が生まれた。


 魔道士が魔法による直接配信業を始めようと画策したり、初心者が無事か心配だから見せて欲しいといったお願い――つまり、大量の寄付があったため、最終的には配信は継続されることになった。


「まぁ一人の方が気楽だもんな」

「……別に一人がいいわけじゃないんだけどね」


 少しばかり自嘲した様子を浮かべるレンナにガゼットは不思議そうな顔をする。


「じゃあ、君はパーティを組んだことはあるの?」

「一応組んでたんだけど……成人前にちょっとね」


 配信とか関係なく起こる問題――パーティクラッシュ

 紅一点のパーティではよくある話なのだが、前に属していたパーティでは、彼女が成人になるまでの紳士協定があると知ってしまい、問題が起こる前に離脱したのであった。


「そうなんか……じゃあさ、聞いていい?」

「パーティの離脱理由は言えないわ」

「ん? 邪魔だからじゃないの?」

「いや、別に……まぁ……」


 他人をどのように思っているのか強く感じるセリフにレンナは思わず尻込しりごみする。


「なんで、ダンジョンに行こうと思ったんだ?」

「それは……あこがれかなぁ」


 配信者をする前は、彼女自身も視聴者であり、ダンジョンで活躍する人にあこがれ、活動するパーティが羨ましく見えたのであった。


「それで配信を?」

「初めてパーティに入った時は、雑用だったからね~」


 基本的にパーティが増えると、必要なものは増えていき、やがて荷物を運ぶ専用の人を必要とする。

 これまで運搬うんぱん道具のように扱われることが多く、扱いの悪い雑用であったが、そこに配信が乗っかることで立ち位置が変化した。


「雑用ついでの配信だったんだけど、優秀なパーティであるほど、お布施も増えるから、それはそれで楽しかったわ」


 配信者として稼ぐことが出来たおかげで、パーティの運営は楽になる。

 紆余曲折こそあったが、お布施はパーティにではなく配信者のもとに渡されることになったことで、自然と財布が握りやすくなり発言力が増した――もっと単純に言えば、肩身が狭い立場から開放されたのであった。


 そこで見て学んでから、前線で剣を振るうようになったり、攻略を指示する参謀になったり、魔道士を目指したり……特にコネもなかったレンナは配信者を選んだ。


「楽しい……」


 ボソッとつぶやくガゼットの様子に、レンナは少しばかり驚く。

 てっきり、どこが楽しいのか、馬鹿にされると思ってみたのだが、意外とパーティに対して興味はあるのだろうか?


「組んでみたいと思う?」

「えっ? なんで?」


 どうしてゴミと一緒にダンジョンに行くの? と言外に聞こえてきそうな不思議そうな顔にレンナは思わず鼻白む。


「まぁでも――パーティってどんな感じ?」

「どんな感じって……」


 ものすごく曖昧あいまいな問いにレンナは答えあぐねるが、ガゼットの様子を見て、聞きたい内容について悟る。

『他人なんて邪魔だからパーティは組みたくない』と『パーティを組んでいる人が楽しそうだから興味がある』は両立するのだ。


「んー、つまりだなぁ……楽しいってどこら辺?」

「そうね――」


 思い出なんて腐るほどある。

 楽しかった思い出はもちろん、今だから楽しく思える内容や、はたから見て楽しそうだが、欠片も楽しくなかった笑い話。

 コップの縁をこすりながら、レンナは少しばかり思案する。


 既にパーティを組んでいないとはいえ、適当に話して所詮パーティなんてたいしたことないと思われるのは、なんとなく気にくわない。

 これでも、配信者。視聴者をきつけるすべはいくつか心得ているつもりだ。

 そして、ちょうどやってきた店員にレンナはワインを頼む。


「色々あるわよ? 聞かせてあげる」


 レンナは唇を舐めると、酒と話術に任せて、パーティの思い出を語る。

 そうして、二人の夜は更けていった。

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