第16話 責任のとり方

「責任とってやるよ」

「えっ?」


 一瞬、どういう意味か理解できずに、レンナは動きを止める。

 そして、たとえどんな意味だとしても、責任を取るつもりがどういうことかを悟ってしまった。


 つまり――


「えぇ、ぇぇぇぇえええええ」


 酔った勢いで犯した過ち。

 てっきり何かの間違いだと、思っていたのだが、まさか……


「ただし、責任は取るには条件がある」

「へっ? へぇ~」


 人の純潔を奪っておいて、随分な言い草にレンナは目を細める。

 ピキピキと苛立ちは募るが爆発させるわけにもいかない。

 初めて愛してくれる人は王子様のような人が良かったとは思いつつも、死なずに済んだ感謝の気持ちは忘れてはいないのだ。


「それで? なに?」

「まずは配信で稼いだ金はもらう」

「……くっ」


 あまりに堂々として話される不愉快な内容に、思わず怒鳴りそうになるのを抑える。

 いくら命を助けてもらってとはいえ、これからの稼ぎを渡す訳にはいかない。

 そんな不服そうなレンナの様子に、ガゼットはニヤリと笑う。


「お前が言ったんだ」

「ちっ――なにを?」

「俺のおかげで倍以上稼げたってな! だからこそ、配信で稼いだ額の半分は支払ってもらう。それは譲らん」

「は、半分も!?」


 ……ん?


 思わず驚くレンナだが、脳内の冷静な部分が違和感を囁く。

 しかしながら、違和感を見つけるよりも早く、ガゼットは主張を続ける。


「そして、助けて欲しければ――俺の言うことには絶対服従だ!」

「なんですと!?」


 些細ささいな違和感を吹っ飛ばす悪辣あくらつで最低な要求。

 ちょっとダンジョンで救っただけの女の子を奴隷にしようとする卑劣ひれつさには流石に怒りを禁じ得ない。


「ふざけないでよね!」

「別に嫌なら構わん。それで死んでも俺は知らんからな!」

「あんたねぇ……ねぇ……ん???」


 話している内容が最低最悪レベルであるため、正気を疑うほどであるが、実際正気を疑って、冷静に話を聞いていると、どこかに違和感がある。

 なんとか深呼吸をして落ち着き、レンナはできるだけ平静を装ってガゼットの意図を探りにいく。


「もし、あんたの命令にどうしても従えなかった場合はどうするの?」

「別にそんな無茶を言うつもりはないが――その場合は俺は知らん。勝手に死ね」

「そう……。じゃあ、ちゃんと言うことを聞いてると?」

「それなら、守ってやるぞ」

「それは、責任?」

「責任? そうだな……あー、対価?」

「なんのよ!」


 相変わらず酷すぎる発言。

 人の純潔を対価扱いするのは度し難いほど許し難い。

 しかしながら、それはそれとして……


(あり……か?)


 ガゼットの言いたいことをレンナはじっくりと考えていく。

 人となりとしては最悪の部類だが、それは今更。文句を言っても仕方ない。

 だが、それらを無視して実力で評価すれば、破格の条件といえよう。

 第一に金銭面。

 全額は論外であるが、半額だと話は変わる。

 普通、配信で稼いだ額が半分持っていかれるのはあり得ない。

 それはダンジョンで配信者の役割が存在する場合、人数分で割るのが基本であり、配信者がいる二人パーティなんてろくにないからである。

 配信者に金が振り込まれるだけで、分配先は実力者優先で配られるのが基本――その比率がガゼットとレンナで50対50になるのは冷静に考えれば相当おかしい。


「どうする?」

「そうね――」


 第二の条件も言い回し以外は妥当そうに思える。

 絶対服従で言いなりになるのはごめんだが、彼が言いたかったことの本質は勝手な行動をした場合はどうなっても知らないという意味だろう。

 パーティの崩壊を招かないためにも、指示に優先権をつけるのは当たり前。

 男女でダンジョンに入って、過激で派手な動画を撮って荒稼ぎしようとするわけでなければ……そんな、はしたない真似をするわけでないのなら問題ない。


「じゃあ……パーティでも組む?」

「おう、よろしくな」


 気軽な様子で差し出された右手をレンナは少しばかり躊躇ちゅうちょする。

 流されるままに許してしまい、こんな関係になるなど想定外すぎた。


 それでも――


「えぇ、よろしく」


 差し出された手を握り、パーティを結成するのであった。


「ところで、パーティってどうやって組むんだ?」

「ギルドに加入してるよね? そこで申請しんせいするのよ」

「そっか、じゃあこれからでいいか? ギルドに用事もあるし」


 そういってガゼットはテキパキと支度を始め、レンナもそれに置いてけぼりにされないように準備を始め……


「そういやさ……」

「なに?」

「荷物を持って、って言ったら怒る?」


 ガゼットからすれば、デカいケース――子供の体重ほどのある荷物でも、気軽に持てそうではある。

 持ってくれなさそうでもあるのだが。


「いいよ」


 そういうとガゼットはレンナの元にやってきて、流れるように自然に担ぎ上げる。


「ふぇっ?」


 驚きの束の間、背中にはガゼット自身の荷物を背負い、右手にはバスターソード、左手にはレンナの荷物を持ち、左肩ではレンナが荷物となっていた。


「わ、私は荷物じゃない!」


 バタバタと暴れて、レンナはなんとか担ぐのをやめさせると、気を取り直して話しかける。


「ったく――じゃあ、行きましょっか」


 よくなっているはずの状況。荷物を持ってくれるし、相場より格安で護衛をしてくれるのだ。

 よくなっているはず……なのだが、そこはかとない前途多難感が押し寄せるのは何故だろうか?

 のしかかる気苦労を振り切ってレンナは部屋を出るのであった。



「ここって、2階だったのね」


 部屋を出て、泊まった場所が2階の二人部屋だったことに驚く。


「ん? 降りる?」


 そういうと、ガゼットの手がそっと腰にえられて、レンナは酷く警戒する。


「階段! 使う! 普通! 降りる!」


 思わずシャーと威嚇いかくしながら、ガゼットの手を振り払う。

 階段という人類の叡智えいちを放棄して、蛮族ばんぞくの手法に走らないで欲しい。


「だな」


 そういって、スタスタとガゼットは階段に向かい、その後ろにレンナも続く。


「これから、またダンジョンかい?」

「はい!」

「若いのに大変ねぇ~」


 階段から降りてきた二人に従業員のおばちゃんが声をかけるのだが、ガゼットは見事にスルーをかまして、出口へと向かう。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 せめて――せめて、なんかあるだろと引き止めようとするレンナだが、完全に無駄であり、おばちゃんが苦笑いした様子で声をかけてくる。


「大変だねぇ……お支払いはお嬢さんでいいかな?」

「えぇ、いくらです?」


 ――いいんだけどね?


 別に問題はないのだが、せめて事前に言っておけと文句をつけながら、支払いを済ませるのであった。

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