第17話 支払い
「ちょっと、待ちなさいよ!」
ギルドに向かうガゼットに追いついたレンナは背中を引っ張りながら声をかける。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃないわよ」
なんとか反応してくれたガゼットに安堵するも、人間性に対する評価が地の底に――すごい。すでに底のため変化なしだ!
「あのねぇ。別にお金払うぐらいしてもいいけど、せめて事前に言っておいてくれないかしら?」
あまりの傍若無人っぷりに眉を吊り上げて詰めよるが、そんなレンナをガゼットは不思議そうに見つめる。
「いや、払うのは済ませていたぞ?」
「えっ?」
……まさか、二重に取られた?
どちらにしろ、ちゃんと言っておけといった話だが、手間だけが増えて頭を抱える。
「まさか、払ってくれてたとわね」
これを気にコミュニケーションの重要性を知ろうね――そう言おうと開いた口から、言葉が続くことはなかった。
「まぁ、クレカでだけどな」
「はっ? ……誰の?」
「えっ? そりゃ――」
きょとんとした金色の瞳にはクレカの所有者が映る。
「いや、あんた――」
ここまで非常識が先に来ると、もはや、速攻で縁切ってなかったことにするか悩んでしまう。
ただあと一本、あと一本ぐらいは一緒に撮ってから判断しようと決めていたため、レンナは溢れる不満をグッと押し堪える。
「あのね、ガゼット。そもそも――」
『人のクレカは使っちゃダメよ』といった、当たり前過ぎる内容を伝えようとして、伝える前に疑問が浮かんだ。
「……使った?」
「ん?」
――どうやって、使った?
ガゼットは何も気付いていないようだが、クレカはどこの店でも使える物でもなければ、誰にでも使える物ではない。
そもそも、さっきの宿ではクレカは断られている。
(もしかして、払ったと勘違いした?)
改めて考えれば、深夜にいきなり現れた二人が過ごす宿にしては、それなりにいい場所ではあった。
そんな飛び込み客が受け入れられたのは支払いができなくても、教会が発行しているだけあって信用があるクレカを見せたからであろう……か?
そしたら、その誤解にも頷けるが。
それよりも、支払いといえば――
「ねぇ、昨日の晩御飯って……」
「んっ? それも使ったけど?」
レンナの質問に、ガゼットは『それがどうかしたのか?』と言わんばかりの態度で首を傾げる。
「あ、ん、た、は……はぁ」
確かにあの店は田舎にしては設備が整っており、クレカが使えてもおかしくない。
そして……所詮は田舎。本人確認が雑で他人が使えても、これまたおかしくはない。
というか、安い買い物であれば、都会であっても、本人確認がないことはざらにある。
(店も店だけど、人も人かな?)
田舎では他者との境界が曖昧な村社会を形成しているのは知ってはいる。
他者との協力が当たり前であるため、所有物に対する考えが都会とは違うらしい。
「とりあえず、人のクレカで買い物なんて、今後絶対にしないでよね」
「わかってるよ」
――わかってるならするな!
心の声を心だけに留めながら、レンナはギルドに向けて一緒に歩いていく。
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(……バレないと思ったんだがなぁ)
酔っぱらったレンナからクレカを借りて、支払う範囲をしれっと自分の分まで含めて払ったガゼットは心の中で独り言ちる。
酔っ払いを騙すことに躊躇いを持つ性格でもなければ、逆に酔っ払いの言い分を真面目に受け取ることもしない性分である。
つまるところ、貸してくれると言われたら、それを拡大解釈するし、あとで反故にされて請求されても、それぐらいは受け入れて……
実際の所、受け入れきれずに、断ってもらえる可能性に賭けて、パーティ結成を提案したのであったが、それは別の話。
どちらにしても、自分が映ることでダンジョン配信による稼ぎが倍以上になるのであれば、半分をもらってもお釣りがあるはずなので、返済はその分でするつもりであった。
ガゼットとしてはちゃんと考えた上で行動しているのだが、そんな意図は伝わらないし、だからこそわかっていない。
(なんで怒ってんだ?)
クレカを使ったことについて、レンナはすでにわかっているはずである。
でなければ、責任を取れなどと言うはずもないし、パーティを組むこともなかっただろう。
(これが、パーティか……)
自分の人生に他人が乗っかる不快感。
このまま走って逃げるかどうか、真剣に考え始めるのだが、逃げるよりも早くに目的地へと着く。
「その――」
「ん?」
入ろうとした、その前でレンナが声をかけてきて顔を向ける。
「えっと……これから、よろしくね」
ニコッと微笑む少女に思わずたじろいでしまう。
ガゼットに彼女を幸せにする気概はない。
必要もないし、理由もない。
だけど――
「守るよ。俺がいる限り」
自分にできる精一杯――どちらかと言えば、それ以上はやる気がないだけだが、それでもパーティを組むことになった以上、最低限やりぬかねばならぬことである。
(それでも勝手に動くのなら、見捨てるけどな)
無粋な内容を胸の内にしまったガゼットに対し、レンナは恥ずかしそうに微笑む。
「頼りにしてる」
そうして、二人はギルドの扉を開けた。
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