第48話 ダンジョンの入口

 新たな陣形――と言えるほどでもないが、道の左側を前からランド、ミレイスター、リリアスの順で歩いており、右側はガゼットとレンナが並んで歩いている。

 雰囲気はまるでお通夜のようで、全員の足取りが重い。


 ――なんでこんな奴らと一緒にいるんだ?

 ――ガゼットを追放しろ!

 ――チームに戻してとお願いしても、もう遅い! 秩序ちつじょを乱すクズはチームにいらない!


 コメントではガゼットは追放論が溢れており、レンナも流石にチーム・スターアサルトとやらは解消かと思っていた。


 しかしながら、心理的溝こそ致命傷にまで深まったが、スタンダードでしかない2人をリリアスが見捨てられるはずもなく、とりあえず一緒の行動は続く。


「これは?」


 だんだんと日が暮れる中、目的地付近に近づくと、ランドが不思議な建物を見つける。


「ダンジョン?」


 森の中でダンジョンが見つかるとは思わずレンナは驚く。


「「これは巣だ」ろうね」


 目の前のものについて気づいた二人の声が重なる。

 被ったリリアスはガゼットの方に顔を向けてにっこりと微笑むが、そんな様子に無視を返す。


「とりあえず、今日はここで休憩しようか」


 夜が近づき、野宿の提案をするリリアスだが、そんな提案をガゼットは無言で蹴ると中に入ろうとした。


「ちょっと、待ちなさいよ! 聞いてた?」

「じゃあ、俺らは進むとするか」


 制止をしようとするミレイスターからレンナに視線を移したガゼットが、当たり前といった様子で提案をする。


「えっと……」


 レンナが反応に困っていると、ランドが体を間に挟んで割り込む。


「お前はこの先がどんなに危険なのか知ってるか?」

「知らん」


 短く、端的に――しかしながら、少しばかりイラッとした様子を見せながら、ガゼットが言い返す。


「だったら、まずは作戦会議だろ? そのためにも――」

「作戦? なんだそれ?」


 ソロ攻略しかしてこなかったガゼットが侮蔑した様子で聞く。


「おまっ」

「その程度のこと事前に決めてるもんじゃないのか? なんで? 今さら? ここで、決めるんだ?」


 さすがに作戦自体を知らないわけではなく、決めるタイミングが遅いことを問い正す。


「事前に少しでも戦い方が知ることができたら良いと思っていたからね」


 リリアスが少し悲しそうな声で答える。

 オークの時は戦わず、道中のワイバーン以降は全く話せる雰囲気ではなくなった。


 また、出発も即断即決であったため、作戦を練る時間なんてものはこれまでなかったのだ。


「戦い方なんか一つだろ」

「ほう? それで、どうやって戦う? まさか一人でとでもいうんじゃないだろうな?」

「そんなの、まずはお前らが戦う。そして全滅したら、俺が戦う」

「なんだそれ、面白いことを言う餓鬼だな! だったら逆でもいいんじゃないか?」


 こめかみをピクピクと引き攣らせながらも、ランドができるだけ冷静に話す。


「まずはお前が戦う。お前が負けたら、俺らが戦ってやろう」


 そもそも、この依頼にガゼットがいる理由は彼の我儘わがまま――そう認識しているランドの提案だが、互いが同じ認識を持っているわけではない。

 ガゼットはただの足手纏いと認識していたりする。


「はっ、無理だな」

「あぁ? お前がきたがった場所だろ! だったら先に戦えや!」


 提案を鼻で笑われたランドが怒鳴り始めるが、ガゼットの視線は冷たい。


「俺が先に戦うのは別にいい。ただし、その場合はお前らを先に全滅させてからだ。あんたの言う通りにすると、俺が戦うときに、あんたらがいるだろ」

「はぁああああ? 何いってんだお前! ふざけてるのか?」

「ふざけているのはお前らの方だろ! 手を出すなといった約束を先に踏みにじったのを忘れたか!」


 ランドの怒りがヒートアップする以上の速度でガゼットの怒りのボルテージが跳ね上がる。


「なんだお前――マジで意味がわからん」


 そもそも、ランドは一緒に戦う前提で、新たにやってきた少年ガゼットも守ってやる覚悟で、面倒だとは思いながらも、一緒にここまでやってきた。


 ミレイスターにしてもランドにしてもなにも思わなかったわけではないが、それなりに心を砕いて接してきたのである――ガゼットも二人の心を砕くように接しているが。


「一晩休みを入れたほうがレンナさんのためでもあるんじゃないかい?」

「いらん」

「そんなこと言って、もし途中で倒れたらどうするの?」


 弱点とばかりにレンナを利用して、なんとか休ませようとするリリアスだが、ガゼットはがんとして首を縦に振らない。


「だったら、俺が抱えて戦えばいいだろ」

「そんな馬鹿な! そもそも、ここはダンジョンじゃない。転移魔道具だって使えなくてもおかしくないんだよ?」

「転移魔道具?」

「「「「えっ?」」」」


 素で聞き返すガゼットに、全員がとんでもない馬鹿を見る目つきで見つめる。

 ダンジョンから抜け出す時に使う転移魔道具――普通に討伐をこなした際にも使える便利な魔道具に疑問形で返す馬鹿は存在しない。


「君……冒険者をやって何年?」

「0。いや、2年か?」


 ガゼットは冒険者としてそれなりに長いことやっているため、実のところダンジョンから出る時に使う転移魔道具について見たことぐらいはある。

 ただし、転移魔道具は使い捨ての道具であり、金銭的余裕がなかったことに加えて、必要ともしていないため、いきなり言われても何のことかわからなかった。


「そんな……ありえない」


 リリアスとしては当たり前のことを話しているだけなのに、全く話が通じない。


「なぜ明日だといけない? 理由はあるのか?」

「むしろ明日にする理由がない」

「みんな疲れてるんだよ!」


 主に誰かのせいではあるが、そもそも論として、これは一日でこなすような依頼ではない。


 移動→討伐→移動


 こんなのが一日で終わるはずがない――あくまで普通ならといった注釈付きだが。


「だからどうした。嫌なら別行動で構わない」

「なんでそうなるんだよ! 一旦落ち着いて、明日一緒にみんなで協力して倒せばいいじゃないか!」


 呆れ返るほどの我儘っぷりだが、いくらなんでも大事なことはリーダーとしてリリアスは曲げられない。

 それに、もう少し冷静に考えれば何が正しいかわかるはず――そんなリリアスの甘い考えをガゼットは簡単にぶち壊す。


「何を言っているんだ?」


 静かな声色でガゼットが聞く。


「なにって、明日に倒せばいいじゃなって――」

「どうやって? 協力して? お前らと? ふざけているのか?」


 一体何が逆鱗げきりんに触れたのかリリアスにはわからぬまま、ガゼットの怒りが燃え上がっていき、周りで寝ている動物をすべて起こす勢いで殺気を撒き散らし始める。


「なっ、なにがどうしたの?」

「俺は、最初から、一貫して、何度も、何回も、何度だって、お前らに、言ったはずだ――足手纏いは要らない! いったいお前らはどこまで邪魔するつもりでいるんだ!」


 そう、ガゼットの戦いにおいて、相手は敵か、敵じゃないかでしか存在しない。

 協力する味方――すなわち、それは邪魔な足手纏いであり、敵を意味する言葉であった。

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