第43話 オークの襲撃

「ねぇ、そのケアってなに使ってるの?」

「それはですね……」


 レンナとミレイスターが仲良く話しながら、森の中を進んでいく。

 先陣をランドが努め、その後ろをレンナとミレイスター。

 殿しんがりをガゼット1人に任せられるはずもなく、リリアスの2人による陣形で進んでいた。


「仲良さそうでよかったね」


 配信嫌いのミレイスターだが、いつまでも敵意をき出しにするタイプではないらしく、レンナと仲良く談笑しながら歩いている。

 その後ろのコンビは仲が悪そうというほどでもないが、一方的に話しかけるリリアスと、興味なさそうに黙って歩くガゼットであった。


 ――なんつーか、あいつ無視してね?

 ――ガゼットだな。名前覚えたぞ。絶対に許さねぇ

 ――私も同じ化粧水使う!


 ちらほらと、レンナの雑談に混じるコメントもあるが、基本的に画面外からでもわかるガゼットの態度に対して、文句が出ている。


「でね~。――!?」

「どうかした?」


 いきなり身を竦めたレンナに対して、ミレイスターが不思議そうに聞く。

 だが、返答するよりも早く、レンナの体が宙に浮き、反転してきたランドがミレイスターを抱きしめた。


 Uwoooooo


 叫び声と同時に横から現れたモンスターがランドのいた位置を大きな樽で叩きつける。


「なに、あれ?」

「オークか……」


 緑色の肌に巨大な体――身長が2mほどあるランドよりもさらに一回りは大きいオークが、ランドを叩き潰すことに失敗したことに気づくと、叩きつけた樽から、液体を飲み干し、赤くした顔で周りを見渡す。


 Guhi


 アルコール臭のするゲップを吐きながら、レンナとミレイスターに狙いを定めると舌なめずりをする。


「戦えるか?」


 抱きかかえたミレイスターを下ろしたランドが、ガゼットに聞く。

 もちろん、これはただの確認。

 腰が抜けて、戦えなかったりしないよな? といった覚悟を問う場面であり、否定の回答は想定していない。

 しかし、ガゼットは腑抜ふぬけでこそないが、何の覚悟も持ち合わせていなかった。


「戦う? あれはワイバーンじゃないぞ?」

「じゃあ、どうするつもりよ!」


 身の危険を感じるミレイスターの叫びに対して、ガゼットは不思議そうに首を傾げると、持ち上げたレンナをお姫様抱っこして、オークに向かって歩き出す。


 Guhiiiiiiiii


 謎に嬉しそうに喚くオークに対して、ガゼットが淡々と近づいていく。


「なにあいつ……最低?」


 ガゼットの謎行動にミレイスターがボソッとつぶやいた。


 正確には謎と言うより、あり得ない行動――女性に対して執着を見せるオークの対処法の一つに、女性を生贄として差し出すといった選択肢が存在する。

 いくら何でもそんな選択肢を選ばないだろうと思っているが、それをしないといった保証はどこにもない。


 Guhiii


 そして、すでに提供されることを確信したオークは喜びに体を震わせ、手に持った樽で横凪に振り払う。

 欲しいのは女だけ――特にいらない男を生かしておく理由はなかった。


 Guhyo?


 酔いの回った頭で快楽に身を任せながら暴力を振るったオークは手応えがなかったことに気づく。

 タイミングよくしゃがんで回避したガゼットはいつの間にかオークの隣にきており、そして歩き去った。


 Guw?


 一体何が起きたのか理解できないオークは戸惑いに悩むも、すぐに本能に突き動かされると、背後から脳天を叩き割ろうと酒樽を掲げて――そして、ガゼットが振り向く。


 ――ギロリ


 ピンポイントに濃縮された圧倒的殺気。

 睨まれたオークと、抱きかかえられているレンナにしかわからない殺意だが、攻撃は完全に止まった。


 酔っ払って本能の赴くままに行動するオークだが、だからこそ、ここでガゼットに挑むほど馬鹿ではない。

 目的が女である以上、わざわざガゼットに喧嘩を売るより、後ろにもっと御し易い相手がいるのだから、そっちを選べいい話である。


 Guwooooo


 先ほど感じた恐怖を拭い去るように雄叫びを上げると、ミレイスターを狙って、チーム・スターレインに突撃をかまし、ガゼットはスタスタと前に進むのであった。



「えっと……いいのあれ?」


 ――いいはずないだろ

 ――最低だな! 人間の風上にも置けない

 ――それこそがガゼットだ!


 罵倒8割、娯楽2割といった様子でコメントが荒れる。

 レンナにとって久しぶりの炎上だが、燃えている相手がガゼットであるためあまり気にならない。

 それはそれとして、放置してきた3人は気になってしまう。


「別に放っておいていいだろ?」

「だったら一つ疑問なんだけど、仮に2人で来ていた場合、どうしていたの?」


 今回はいいか悪いか別にして、押し付けられる相手がいた。


 だが、2人の場合は?

 不殺を貫く主義であるなら、それはそれで構わないが見捨てられるのは困るレンナが聞く。


「別に倒してもいいけど……そもそも走ったほうが早い」

「あー、それもそっか」


 よくよく考えれば、ワイバーンを倒すのにこの森を選んだのはガゼットに抱えてもらって走れば、日中で終わるといった理由であった。


 つまるところ、ガゼットからすればオークとかいう鈍足モンスターについて、気にする必要はないのだ。


(そういう点でわざわざ、この依頼をこなす必要はないわよね?)


 選んでおいて何だが、ガゼットがこの依頼を受けることに固執した理由がわからない。


「とりあえず、待った方がよくない?」

「えぇ……」


 至極まっとうな提案にガゼットが嫌そうな表情を返す。


「だったら、昼ご飯食べない?」

「もう? あぁ、そうか……」


 本来なら、もっと先に進んでいるはずだが、足手纏い3人を抱えた結果、森に入ったばかりだというのに、既に昼飯時が近い。


「じゃあ、食べるか」

「……食べるんだ」


 提案しておいてなんだが、レンナの目的はあくまでスターレインを待つことにある。

 その意図が分からない馬鹿とは思わないが、そこで素直に昼飯を食べようとすることに驚きを禁じ得ない。


「食べないのか?」

「食べるわよ」


 昼飯の準備を始めるガゼットに聞かれてレンナが答える。

 2人分の大きめのサラダプレスに加えて、小さなパンを3つほど持ってきているわけだが、ガゼットが自分用のでかいパンだけでなく、小さいパンも二つ取った。


(残してあげるみたいな気遣いは求めても無駄か……)


 パンにサラダが挟まれた大きめのパンを頬張るガゼットに、レンナは余計なことをいうのは諦めると、自身もパンに頬張りつき、ついでに食事の暇つぶし雑談を始めていく。


「なんで、この依頼を受けたの?」

「そりゃ金銭的によかったし」

「だとしても、他の依頼もあるわけでしょ?」

「別にどの依頼を選んでも、稼げる依頼はどうせランク制限かけられてるもんだよ」

「言われてみれば確かに?」


 揉めに揉めた依頼に固執する必要はないが、ぶっちゃけガゼットならどの依頼を選んでも揉める才能はある。

 それにしても――だ


「なんでギルドのランクがスタンダードのままなの?」

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