第44話 スタンダードの理由

「なんでギルドのランクがスタンダードのままなの?」


 ――こいつスタンダードなの?

 ――リリアスってゴールドランクじゃなかったっけ?

 ――恥を知れクソ雑魚底辺!


 レンナの質問にコメントはボロクソの中傷が始まるが、それと同時に『もっと詳しく!』といったお願いと共にお布施がガンガンと投げられる。

 スターレイン目当ての視聴者はガゼットに対する嫌悪が凄まじいが、ガゼットについて詳しく知りたい層も少なからずいるのであった。


「一応聞くけど、中傷されないように配信やめるのと、中傷されても金がもらえるなら配信――」

「金」

「するのと、どっちが……了解」


 中傷された程度で金が手に入るなら、ガゼットは何も気にならない。

 それどころか大量の中傷コメントによって、詳しく知りたい層が埋もれてしまい、目立つために金を払うしかない現状はむしろ中傷大歓迎まである。


「それで、スタンダードの理由だっけ?」


 もふもふとサラダプレスを頬張りながら、ガゼットが聞き返す。


「ガゼットの実力ならゴールドはいけない?」


 色々確執があったことは聞くまでもなくわかるが、どんなことがあったのかまではわからない。

 ガゼットに非がないとはあまり思っていないが、それだけではないだろう。


「俺はブロンズまでしかなったことないからな。どこまでなれるかはわからないけど、でも、プラチナにはなれないと思うよ」

「……でしょうね」


 プラチナランクに比肩する力を持っているだろうが、あのランクはもはや、個人の実力のみではない。

 本人だけでなく仲間の人格も問われるし、それどころか、そのランクを渡すに相応しい依頼をこなしたかも重視される。

 当たり前だが、そんな相応しい依頼がこの世に現れるかだなんて運次第。

 実質的に頑張って目指せるランクはゴールドランクまでと言える。

 そもそも、プラチナランクが必要になる時がそんなにないので問題もないはずだが……


「でも、ブロンズまでは頑張ったんだ?」

「ランク上げれば、嫌がらせを受けないと思ったからなぁ」

「嫌がらせって?」

「ほら、割りの良い依頼はランク制限をかけることで、払う金額を減らそうとするじゃん」

「……すでになんか間違ってるわね」


 ――お前みたいな腰抜けにプラチナが取れる訳ないだろ!

 ――ランク制限をかけると、むしろ払う金額は増えるぞ?

 ――ブロンズ程度すら維持できないとか、弱すぎるだろ。


 現状、配信ではガゼットの強いところが一切出ていないため、誹謗中傷が大量になだれ込む。

 なにしろガゼット自体が割と頓珍漢なことを言うため、仕方ないと言えるし、それ以上に互いに気にしないから、問題にもならない。


「普通、ランク制限かけてる依頼って払う金額が増えない?」

「ランク制限をかけることで、依頼外で受けさせられるから、払う量が減るんだよ」

「ランク制限に対する斬新な考え方ね」


 確かにスタンダードからすれば、ランク制限によって払う金額が減らされるわけだが、そもそも受けるなといった話であった。


「それでなんで今はスタンダードになったの?」

「確か、めちゃくちゃ高額の依頼が出た時があってだな――それがプラチナランク専用だったんだよ」

「それは、珍しいね」


 プラチナランク専用依頼なんてのは滅多に出ない。レンナ自身も見たことがない。


「こんなにもお金もらえるなら、素晴らしいと思ってな、俺も参加したいっていったんだよ」

「そ、そう――」


 一体いつ頃の話なのだろうか?

 コメントにもすでにきているが、流石に身の程を知らなすぎる。


「それでその時は……そうだな。ちょうど今回みたいに他のチームと一緒に行ったんだよ」

「そうなの?」

「あぁ、そうやって依頼をこなして、報酬10万イェンとスタンダードに落ちたんだ。結局、頑張ってランク上げても、あいつらの気分で落としてくるからな。ランクなんて上げるだけ無駄だよ」

「えっ? ……えっ? お金は貰ったの? 払ったの?」

「払うって誰にだよ。報酬はちゃんと支払わせたよ」

「えっと……」


 報酬金10万イェンを貰って、スタンダードに落ちたのはガゼットが悪い……のよね?


 ――10万払った上でスタンダード落ちとか、ダサすぎだろ

 ――昔から迷惑かけてきてるわけか

 ――いや、貰った上でって言ってるじゃん……なんで落ちてるのか謎だが


 ガゼットの意味のわからない主張に、コメントも大いに混乱していた。


 人の話をなんとなくでしか理解していないコメント欄には誤解と思い込みによる中傷が溢れている。


(まぁ、真面目に理解できる内容でもないけど……)


 報酬はもらえるほど評価されているのに、ランクが落とされるとはこれ以下に。


「普通に自分のできるランクにあった内容じゃダメなの?」


 王道にして当たり前のはずの方法を聞くが、ガゼットは不思議そうに首を傾げた。


「そうだな。例えば、ゴールドランクで50万の依頼があったとして、それを依頼外で受けて減らされても40万。そこから減らされまくっても4万ぐらいは残りやすいじゃん。スタンダードよりマシだろ?」

「残りやすいって考えは初めてね……」


 ガゼットなら4万の報酬がでるスタンダードの依頼は一瞬でこなすだろうから、勘違いを引き起こして4千イェンになってたりしそうではあるが……


 ――こいつの頭が腐ってるんか? それともギルドが腐ってるんか?

 ――見てればわかる。腐ってるのはこいつでしょ。減らされる理由があるんだろ

 ――いや、結構ギルドも理不尽な内容で払い渋りをしたりするぞ……


 それでも、50万も払われるほどの難しい依頼が、4万にまで減ってしまうなら、どう足掻いてもスタンダードの依頼でコツコツと稼いだほうがいいと思うような?


(あまりに強すぎると、それすらわからないのかしらね)


 ランク分けは難しさを基準に分けているのだが、明らかにガゼットは金額しか見ておらず、難易度については全部同じものとして扱ってしまっている。

 一番の難易度が依頼の内容ではなくギルドであると考えれば、理解できなくもない。

 一番の難易度がギルドと言うのはなにも理解できないが。


「でも、そうやって、頑張ってたらランクって上がったりしないの?」


 あのギルドを見る限りダメそうだな~といった思いもあるが、レンナが念のために聞いてみると、ガゼットはひどく呆れた表情を浮かべる。


「何のためのランク足切りだよ。依頼外を理由にランクが上がるのを防ぐためだぞ!」

「……革命的な理由ね」


 ガゼットと話していると、だんだんギルドがお金を渋る方法を徹底的に考えた冒険者を搾取する組織にも思えてくるが、単純に非常識に対応できていないだけであろう。


「この場合、悪いのってどちらなのかねぇ」


 パクリと最後にサラダプレスをレンナが食べ終わると同時に、ガゼットが立ち上がる。


「さぁ、いこっか!」


 理由をこねくり回せばいくらでも待ってくれそうだが、逆に言えば、理由が無ければ全く待ってくれそうにない雰囲気にレンナは戸惑う。

 もっとも、さすがゴールドランクと言うべきか――


「いたー!」


 遠くからミレイスターの声が響き、彼らは合流する事となった。

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