第45話 討伐の取り決め

「なんか言うことはないか?」


 先頭にランド&ガゼット、その次にミレイスター&レンナ、最後をリリアスが務めるといった構成に変えて、森の中を進む。

 いきなり何をしだすかわからない馬鹿を、ランドが隣で監視するといった構成――ちなみに、なにも言うことがないガゼットは見事沈黙を保っている。


「こう……あはは……」


 ミレイスターと話そうとするレンナだが、乾いた笑いしか出てこない。

 オーク1匹どう処理するかなど、スターレインにとって危機でも何でもないのだが、チーム・スターアサルトとして理解できない奴がいるのは非常に困ったものであった。


「まじで、なんなんだ……」


 昼飯を座って食べていたアサルトとは違い、スターレインの面々は食べながら歩く。

 苦しいかと言われれば、3人とも苦しくもなんともないが、釈然としないものはある。


「そういや、お前ワイバーンじゃないと戦わないとか何とか言ったな」


 因縁をつけるチンピラの様相でランドがガゼットに絡む。

 同じチーム内のミレイスターはそれを止める気配はなく、リリアスも顔をしかめるだけで何もしない。


「だったら、あいつらをどうにかしようとは思わんのか?」


 ランドが指さした上空では4体ほどのワイバーンが、空を彷徨うろついていた。


「あんたねぇ」


 いくらなんでも剣士相手に無茶な要求をするランドに、ミレイスターが口を挟む。


「さすがに自分ができないことを要求するのはやめなさいよ」

「ほぉ、なんだ。俺ができないとでも思ってるのか?」


 チーム行動によって一番やってはいけないこと――それは喧嘩である。

 正しいか正しくないかに関わらず、依頼中であれば、言いたいことは押し殺してでも、我慢しなければならない。


「その点、私なら余裕だけどね」


 不穏な空気に心配するレンナをよそに、ミレイスターは『へっへ~ん』とドヤ顔を浮かべて煽り返し、ランドは優しい表情を浮かべる。


「魔道士と比べるのは卑怯だって……」


 得意気に振る舞うミレイスターの頭を優しい手つきで撫で始めると、彼女も心地よさそうに笑う。


(んっ!? あれ? これって、喧嘩じゃなくていちゃついてるだけ!?)


 思わず振り返るレンナの先では、リリアスがニコニコと温和な雰囲気で見守っていた。


 一体どんな気持ちか気になるが、とりあえず喧嘩ではなかったらしい。


 Gyaaaasu


 もっとも、それはあくまで地上の話。空で咆哮が上がると同時に岩が落ちてくる。

 現状は見当違いの方向に落ちているため問題ないのだが、岩の雨の中、上空に気をつけて進むのは精神衛生上よろしくない。


「鬱陶しい奴らだ――で、今度はどうする? 次こそは手伝うか?」


 先ほどのやり取りは苛立ちを解消する儀式だったのか、ランドが真面目な様子で聞く。

 なんて返すのかレンナにすら予想がつかない状況でガゼットは上を見ると、嫌そうな表情を浮かべた。


「手伝う?」


 心底嫌そうな表情――剣士であれば、誰もが困る空を飛ぶモンスターとの戦いに、ガゼットは拒否感をあらわにする。


「俺一人でやれる」

「おま……」「あんたね……」


 唐突に虚勢を張るガゼットにランドとミレイスターは呆れてしまう。

 オーク1匹に逃げ出しておいて、欠片も恥じることなく大口を叩くのは早死にの元である。


「本当に1人で出来る?」


 馬鹿な妄言だろうと真面目に相手ができるリリアスは真剣な表情で聞く。


「この程度なら余裕に決まってるだろ」

「あんまり無茶はしないようにね」

「無茶なんかする相手でもないだろ。むしろ、何があっても余計な手出しはするなよ」

「……あんたよくこんなのと一緒に入れるね」


 リリアスの心配をガゼットが冷たく切り捨て、あんまりな態度にミレイスターはレンナに耳打ちをする。


他所よそから見る限りは完全に駄々っ子なのよねぇ)


 心の底から心配するお母さんリリアスとそれに反抗する駄々っ子ガゼット

 ガゼットの頑な態度を前にスターレインの面々はとりあえず大人の対応を選ぶ。


「ま、やれるなら、やってみればいいんじゃねーの?」


 嘲りと呆れを残しながら、譲歩するランドを見ながら、レンナは放置されているホルダー――コメント欄に目を向けた。


「うわぁ、荒れてる……」


 尊敬するスターレインに対して、横暴で傲慢にして幼稚な態度を取るガゼットに、コメント欄は怒りの声が渦巻く。


 ――お前がいらない

 ――顔真っ赤で笑うんだけど

 ――余裕なさすぎでしょ!


 ほとんどがガゼットを馬鹿にするコメント。

 スターレインの登場によって、今回の視聴者は初見さんが多い。

 故に、今この場による判断で言いたい放題されているわけだが――今だからこそ、成立するものがあった。


 ――なんか賭けようぜ。このクソ雑魚が単独撃破できるかにかける奴おる?

 ――誰もおらんだろ。こいつに賭けるやつ全員馬鹿です

 ――穴場逆張りマン登場。面白くするために10ディール賭けるぜ!


「これって……」


 クソ雑魚だと煽っているコメントや、面白くするためのガゼットに賭けるなどと言っている人が、これは新規視聴者の逆張りではなく、順当な……


「ちょっと待ってガゼット!」

「……なんだ?」


 絶対に待たない唯我独尊のバスターソード使い――ガゼット=アルマークが振り向くと、レンナはホルダーに向けて話しかける。


「私はガゼットに100ディールを賭けるわ!」


 珍しく成立する賭けに、レンナも乗っかっていく。

 コメント欄はおおいに盛り上がり、賭け方法について真面目な話し合いが行われ始めそうになった。


 しかし――


「あんた……信じられない! それが今から仲間が戦おうとする人の態度なの!?」

「えっ!?」


 軽蔑の混じった驚きの表情でミレイスターが糾弾する。

 完全にやらかした一手――ガゼットに対して失礼な行動に、コメント欄も冷静になっていく。

 否、再度加熱する。


 ――この女もおかしいんじゃねーの?

 ――スターレインに相応しくない!

 ――仲間を賭け事に利用しようとするクズ


 これまでとは違い、レンナまでボロクソに叩かれ始めるが、その程度のことはたいした問題ではない。

 ただ、目の前で侮蔑した表情を浮かべるミレイスターの相手はどうすればいいかわからなかった。


「あの、その――」


 なんて、言えばいいのかわからない中、ガゼットが口を開く。


「なんのようだ?」


 賭けについて気にするような男に思えないが、呼び止められたのは不愉快らしく、突き刺さる金色の双眸にレンナは狼狽えてしまう。


「ちょっと賭けをしようとしてて……」


 様子をうかがいながら答えるレンナに、ガゼットが質問をする。


「内容は?」

「ガゼットが一人で倒し切れるに100ディール」

「それっていくら?」

「えっと、1万5千イェン」

「マジかよ……」


 頭をガシガシと掻きながら、冷たい視線を向けるガゼットにレンナは身を小さくした。


 ちなみに、今はワイバーンが石落としを仕掛けている最中で、こんなくだらないやり取りをしている場合ではない。

 そして、見当違いの方向に落ちていた岩はだんだんと精度が上がり――ガゼットの頭へと落ちていた。


「ガゼット君!」「後ろ」「危ない!」

「んで、他にはないな」


 飛んでくる岩は頭に当たると、そのままコトンと地面に転がる。

 正確には頭を掻いていた右手で岩を取り、そのまま投げ捨てただけなのだが、緊張感がない危険な状況で何事もなかったかのように進める違和感に全員が戸惑う。


「じゃあ――邪魔するなよ」


 誰も口を挟めるはずもなく、そのままガゼットはワイバーンの討伐に赴くのであった。

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