第10話 見つけた居酒屋で

 なんとか居酒屋を探し出した二人は個室部屋に案内されると、店の説明を聞く。


「食前酒です。メニューはこちらとなります。ご注文がお決まりになりましたら、こちらの共振球きょうしんきゅうでお呼びください」


 ほんの小さくお辞儀じぎをすると、そのまま去っていく。


「無事の帰還きかんに乾杯!」

「ん、」


 特に感慨はなさそうな様子でガゼットもコップを振って音を立てあう。


「えっと、今日はありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「そっ」


 メニューを見ながら、本気で興味のなさそうな様子で返事が返ってくる。

 心の底から人助けに興味がなければ、感謝の言葉も多分どうでもいいのだろう。

 レンナは息を吐き、気持ちを切り替えると封筒を取り出す。


「これ、ギルドに預けるつもりだったけど……どうぞ」

「んっ? なに?」


 そう言いながら、ガゼットは袋に手を伸ばすと中身を見ていく。


「結局いくら欲しいのかわからなかったから……一応、今回の配信で稼いだ額の半分を持ってきたわ」


 先ほど飲み物を口に入れたと言うのに、喉が乾いていくのを感じる。

 正直、ガゼットという人間の思考が理解できない。

 いつ爆発するかもわからないような爆弾的側面がある――それでも一緒にいれるのは、爆発して被害にあったところで、現状はまだ借りの方はでかいからだが。


「どうかな?」


 手元にまだあるとはいえ、貯金を全額むしり取られるのはさすがに困ってしまうのだが、怒らせるわけにはいかない。


「いくら?」


 お札をざっと数えながら、ガゼットが静かに聞く。


「3500ディールよ」


 だいたい、この辺りの晩飯であれば10ディールほど。

 ダンジョン攻略者の月の目標平均収入基準は2000ディールと言われるあたり安くはない。

 安くはないのだが、さりとてガゼットの実力を考えると、正直いくらが適正なのか想像もつかない。

 結局いくら欲しいのかわからずにチラッと視線を向けると、ガゼットは難しい顔をしていた。


「3500……つまり」


 バラバラと175枚の札束をめくりながら、困惑したように聞いてくる。


「……イェンでいえばいくらだ?」

「50万ぐらい?」

「ゴッ! ……50万!?」


 先ほどの神妙な顔から一転、これまでにないぐらいの動揺を見せて、ガゼットは驚く。

 1ディールが150イェンであり、大まかにコーヒーだと一杯分の値段ほど。


「えっと……足りる?」

「配信者って……配信者って」


 うわごとのように動揺しながら、パラパラと札束をめくり続ける。


「ガゼット?」

「配信者って、そんな儲かるのか?」

「えっ!? まぁ……」


 配信者が儲かるのは確かだが、そもそも今回は撮れ高がかなりあった。


 アビスフェルシアの知名度に加えて、死にそうになるといった盛り上がりどころ。

 そこからの奇跡の救出劇に加えて、雑魚の蹂躙や狂った常軌じょうきを逸した力量。

 これらの展開も相まって、過去最高額を叩き出したのであった。


「いうて、今日はいつもの倍以上稼げたからね」


 稼げている方ではあるのだが、上には上がいくらでもいるし、ガゼットほどの力量がある人間の稼げる額と比べれば、微々たるものである――あろう。


「倍!? つまりこんぐらい? 配信者って誰でもそんなに稼げるのか?」

「いや、まぁ……別に……」


 不思議なことに、ガゼットは興味津々きょうみしんしんといった様子で問い詰めてくる。

 正確な実力は知らないが、別にゴブリン専門家というわけではないだろう。

 ミノタウロスだろうが、亡霊騎士だろうがあっさりバッサリ倒せる実力を持ち合わせて、こんな端金はしたがねに目を輝かせる理由が分からない。


「じゃあ、なんで君は稼げるんだ?」

「それは――」


 金色の双眸が真摯しんし射貫いぬき、レンナの頭の中では色々と浮かんでは消えていく。そして、一番の理由を答えてしまった。


「可愛いからかな?」

「可愛いから……」


 最低にして、まず誰にも言えない自己分析ぶんせき

 今言えている理由の一つとしては、ガゼットといった人間も大概ネジが飛んでいるからだろうか……というか、もはやヤケクソである。


「えへっ」

(ここ笑うとこよ……)


 内心で自嘲しながらレンナは笑って見せるが、よほど驚いたのかガゼットの表情は真面目なままであった。


「……確かになぁ」

「なっ!?」


 真面目に思案して、一拍してから出されたであろう結論に、思わず耳を疑って驚いてしまう。

 レンナとして自覚はしているが、同意を想定していないため、脳のキャパシティーを超えてしまった。


「そ、そぉ? あんがと」


 予想外の事態に、恥ずかしさを誤魔化すように酒をあおると、気になっていた疑問を挟む。


「そもそも、あんたならこれぐらい簡単に稼げるでしょ?」

「いや、無理だな」

「なんでよ!」


 意外にもキッパリと否定されて、レンナは目を見開く。

 行動を見ている限り、稼げていないことは想像はつくのだが、どうにも理由がわからない。


「可愛くないからな」

「なにそれ……」


 まるで、誤魔化すように答えたガゼットを半目で見つめるレンナだが、逆に相手の金色の双眸そうぼうはすっと細まって睨み返されてしまう。


「だが、それでも……だ」

「ん?」

「その配信ってやつは……」


 ぐぅぅうう


 本気の様子で――殺気混じりの視線を向け始めたガゼットは空腹の限界が来たレンナの腹の音を聞くと、呆れた様子で殺気を引っ込める。


「……注文は決まってるか?」

「う、うん」


 ちょっとばかし恥ずかしい思いに顔をうつむけていると、ガゼットは共振球きょうしんきゅう――魔力を込めることで遠方と共振して、相手に通知する道具を利用して店員を呼ぶ。


「ご注文は?」


 一瞬でやってきた店員にレンナはメニューを持って注文する。


「えっと、このトリトアビアータで」

了解りょうかいしました。そちらは?」

「ここに書いてある肉とパスタと野菜を――」

「了解しました」

「3つずつ」

「えっ、みっ? わ、わかりました。3つずつ……では、ごゆゆいとお待ちください」


 慌てた様子でしれっと噛むと、店員は恥ずかしそうな様子で、個室から出ていく。


「3つも……」


 なんと言うか『あー、やっぱりこいつおかしいんだなぁ』といった感想がレンナの頭をよぎるのであった。

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