第9話 ナンパ男との向き合い方

「あの、ちょっとお願いが……」

「ふーん」


 可愛い少女の必死のお願いに対して、驚くほどの冷たい様子を見せる。

 なによりも、話を聞く気が全くないらしく、気だるそうに口を開く。


「とりあえず、腹減ってんだ。後でいいか?」


 そう言うと、ガゼットは無慈悲に歩き始める。


「後っていうか、今っていうか……もう、待ちなさいよ!」


 さすがにここで見捨てられるわけにはいかないレンナは思わず追いかけ、


「えっ? あっ!? おい、待て」


 いきなり現れた登場人物にナンパ最中の女性が奪われた男たちも追いかけていく。


「おいおい、いくらなんでも横入りはどうかと思うぜ?」


 ナンパ男の1人がガゼットの前に回り込み、道を塞いで邪魔しようとするのだが、ガゼットはまるで目に入らない様子で歩き進める。


「おいゴラッ!」


 ぶつかってでも止めようとするナンパ男に、ガゼットは気にせずに歩き抜く。


「ぎゃあああ! 肩が折れたぁ!」


 無視して歩くガゼットにわざとぶつかって転がると、ナンパ男の片割れが派手に転がって左肩を押さえて見せる。

 そして、そんな相手にガゼットは眼もくれず、レンナへと話しかけた。


「お前って食べられないものとかあるの?」

「おいおい、やってくれたな、にいちゃんよぉ」

「えっと……そうね。ドロッとした料理は苦手かな? なんと言うか離乳食みたいな?」

「てめぇ、ちょっと待てよ」

「離乳食は味もないからなぁ」

「待てって言ってんだろ!」


 会話の間に挟まれる声をガンスルーしながら歩くガゼットの肩を男が掴む。


「待てって言って、おわぁっ」


 強引にガゼットの肩を引っ張ろうとした男はガゼットを引き寄せようとして、逆に反動に引っ張られてつまづいてしまう。


「ちょっ、おい!」

「好きな料理はある? まぁ選べるかはわからんけど」


 すでに店の閉まった後を見ながら、質問するガゼットにレンナが戸惑っていると、チンピラの我慢は限界に達した。


「待てって、言ってんだろ!」


 そういって、ナンパ男の右手がレンナへと伸びると、その手が触れる前にガゼットは相手の手首を掴んで止める。


「ん? なんのようだ?」

(ホントに気づいていない……わけはないよね)


 ナンパ男を不思議そうに見つめるガゼットにレンナは思わず困惑してしまう。


「とりあえず、やっと話を聞く気になったか!」

「いや、ないよ?」


 本気でめんどくさそうに言いながら、ガゼットは手首を払いのけると、そのまま相手の顔面に右手を伸ばす。


 ぐぼっ


 力無い様子で気安く振られた裏拳が、相手の顔にのめり込む。

 もしかして、先ほどぶつかった男も本気で吹き飛ばされてしまったのではないかと思うほどの気軽さで鼻頭を潰し、相手のナンパ男は膝から崩れ落ちながら、ポタポタと鼻血を垂らす。


「汚ねぇ」


 そうして、ナンパ男が床に突っ伏す前に、ガゼットはさらなる追撃をおこなった。


 胸元にえぐり込む拳はナンパ男を吹き飛ばし、数回転させて地面を転がっていく。


「てめぇ! なにしてんだ!」


 ガゼットとぶつかって左肩を骨折(自己申告)をした男が、いくらなんでもやりすぎの追撃にキレた。


「なにって……手をいただけだが?」

「ふざけんじゃねぇ!」


 ガゼットのめた対応に、肩折れ男は右手を振りかぶると殴りつける。


「なにもふざけてはいない」


 殴られたガゼットはびくともせず、殴りつけた手首を掴むと真面目な様子で言い返す。


「ふざけてるのはむしろあいつでは? 普通、手を拭かれた程度で人は飛んでいかないのに、大袈裟おおげさにふっとんでいったじゃないか」

「はっ? なに言ってんだ」


 真顔で話される頓珍漢とんちんかんな内容に、相手は侮蔑ぶべつする表情を浮かべるが、相変わらずガゼットは淡々と話を続けていく。


「実際、お前が手を拭いたぐらいではなんともないだろ? なのに、飛んでいった理由は? 自分で飛んだからだろ」

「はっ、なにを?」

「ところで、なんで俺はお前に手を拭かれなきゃならんのだ?」


 言うべきことはきっちりと言ったばかりに、殴られた理由についてガゼットが問い詰める。


(えっと……つまり、鼻血で汚れた手を拭いただけで殴ったつもりはなく。実際殴りかかられた――ではなく拳を拭きにきた相手にガゼットは飛ばなかったってこと?)


 だから、どうした? と突っ込むべきか迷いながらも、彼女はツッコミよりも沈黙を選ぶ。

 もう少しおちゃらけた様子を見せてくれたら、ふざけているんだろうなとも思えるが、本人がいたって真面目ですと言わんばかりの表情をしているせいで考えが読めない。


「ふざけんじゃねーよ。クソが!」

「ふざけているのは、自分で飛んでった奴だろ?」


 つい先ほど、本当に勝手に飛んでった奴がいるため、端で聞いているレンナもなんかそんな気になってくる。


「そもそも、拭いたんじゃねーよ」

「へぇ……拭いたんじゃなきゃ、逆になに?」

「おぉ~」


 ガゼットの主張にレンナは思わず感嘆を漏らす。

 確かに拭いたと認めさせれば、一周回ってガゼットの拭いただけで問題がない。

 違うというなら、むしろ相手も殴りかかってきたことになる。賢い……賢いか?


(あれ?)


 冷静に考えれば認めさせる必要性も不明で、相手をめたいのか、一から百まで本気なだけかも全くわからないレンナは困惑しかない。


「なぁ、いったい、どういうつもr――っ!?」


 相手の言い分に苛立ちを隠すことなく詰めていたガゼットは、唐突に両目を見開くと、そのまま後方に飛び退く。


「ちょっ、どうしたの!?」


 ガゼット=アルマークほどの男が本気の警戒を見せて、レンナも思わず動揺する。


「ひゃっ、はっ、はっ、ばけ……もの」


 何かしらの襲撃でもあったというのか? ナンパ男までもが息絶え絶えな様子で騒ぎ出す。

 うまく呼吸もできないのか、声をヒューヒューと漏らして――そして、漏らした。


「また、汚れるところだった」

「そこかーい」


 警戒した理由が、汚れるかどうかだと知り、レンナは思わず突っ込む――いや、どこまでまともに話が通じるのか知りたくて、コミュニケーションの取っ掛かりを作る。


「襲撃があったわけじゃないのね?」

「襲撃? 俺はついさっき風呂に入ったからな」

「そ、そう」


 ナンパ男にぶつけていた怒りの残滓ざんしがレンナに飛んできて、彼女の肝を少し冷やすが、そのまま方向転換するとガゼットは歩き始めた。


「飯のために呼んだんだろ? 早く行こうぜ」

「……」(ちがうわよ! って言えるわけが……まぁないわよね。そりゃ)


 闇夜やみよの中でガゼットの殺気にあてられて漏らした相手をどうすべきか、レンナは一瞬悩むが空腹感に従ってその背中を追っかけるのであった。

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