第8話 モンスターはいないが人間はいる

「すっかり暗くなったわね」


 実のところ、途中にお姫様抱っこをはさんで、道中をかっ飛ばさせたこともあり、暗い時間帯に門の前に着くなど、むしろ早すぎるぐらいであった。


「ここまで、ありがとうね」


 命の恩人であるガゼットに、レンナはにっこりと微笑む。

 だが、そんな恩人はにこりとも笑わない。


「依頼、だったよな?」


 金色の瞳がキュッとレンナを射抜いて、思わず胸を抑える。


「う、うん」

「忘れるなよ」


 ゾッとするほどの冷たい目つき――これは多分思い込み。

 これまで見せてきた殺気に比べれば100万倍優しい指摘してきなのだが、レンナからすれば、そんな指摘を直接されるだけで、ゲロ吐きそうなほどのストレスが襲う。


「じゃあな」


 そういうと、そのままガゼットは立ち去っていく。


「ぐぎぎ、ダメね。お腹が……」


 そもそも、この道中は金額の話を一切していない。振り込み方法の説明すら受けずにどうしろというのか。

 わからないない尽くしにレンナは胃がギリギリと痛み、頭を抱える。


「普通、金回りについてだと銀行? いや、名前しかわからないからギルドあたりに預けとくか。名前は確かガゼット……アルマークだっけ?」


 どっとのしかかる疲労に、レンナは食事がのどを通る気がしない。


「はぁ……まずは風呂にしますか!」


 泥まじりの髪に、汚れがこびり付いた服。

 腐臭漂うダンジョンであったため、若干臭いが移っている。

 ギリギリと痛む胃を抑えながら、門番に挨拶あいさつして、風呂場へと目指すのであった。



「ふぅ~、あー、お腹減った」


 でかいお風呂の端っこで、レンナは体を湯船に沈めながら呟く。


「それにこのまま寝たい――はぁ~」


 声に出して現実逃避をおこなうも、今日一日のことは忘れられない。


「死ぬかと思った……」


 覚悟はある。ダンジョンで配信するとはそういうことだ。


 それでも――死にたくない。


「ガゼット=アルマーク……聞いたことないわね」


 同じダンジョンに関わるからと言って、界隈かいわいが違えば情報が違う。


 開拓者、討伐者、採掘者、配信者。


 各界隈、各個人で持っている情報はバラバラであることが多い。

 それでも、あれほどの存在を噂にも聞かないのは……


「まぁここ田舎だしね」


 ダンジョン帰り用の風呂場こそあるが、基本的には人の少ない過疎地帯。

 あれ程の実力者がなぜ田舎にこもっているのかは不明だが、世界は広いといえよう。

 助けてもらえたのはホント幸運だ……幸運だが……うん。


「あそこまで興味を持たれないと逆に悲しいもんね」


 豊満な胸を持ち上げ、手を離すと、ぽちゃんと音を立てて湯に落ちる。

 助けを求めた時点で、少なからず覚悟をしていたとは言え、せられたいわけではない。


 あえていうなら紳士しんし的な対応だろうか?


 飛んだワガママではあるが、なまじ配信者といった人気商売なだけに全く興味を持たれないのは物悲しさがあった。


「ふざけた話ね」


 助けを求めておいて、見返りを求めて欲しくはないが、本気で求められないとそれはそれで嫌だなんて……


「ってか額は一体どうすればいいの?」


 ぶくぶくと沈みながら、湯に浸かって意識を溶かしていく。


「とりあえず、ご飯いきますか!」


 お風呂に浸かって、メンタルを持ち直したレンナは夜の街へと出るのであった。



「さ、さびしい」


 深夜でも営業している店はなんとかあるようだが、人の行き来は少ない……なんと人がいない時すらある。


「限界ギリギリの田舎であれば、むしろ密度が高いと言うけど……」


 田舎の中にしてはそれなりに店があり、どちらかと言えば、街のシステムは人口の割合に反してきっちりとしているため、いいことなのだが、どこかものさびしさが目立つ。


「なぁ、お嬢ちゃん暇か?」

「ごめんなさい。用事があるの」

「そうか」


 一瞬で現れるナンパ波風立てずに会釈で別れる。


「……これで自分が可愛いんだって嬉しくなるのも嫌なものねぇ」


 基本的にあんなのは鬱陶うっとうしい限りなのだが、つい先ほど邪険にされたせいか、今の段階だと少し嬉しくなるあたり、気分が悪い。


「さっさとどこかでご飯を……どこだ?」


 アビスフェルシアに挑む。そんな話題を稼ぐためだけに田舎にやって来たため、おすすめの場所がわからない。

 居酒屋なんてみんな深夜もやっているものだと思っていたが、意外と途中で閉めている店も多くてびっくりする。


「いや、居酒屋じゃないのかな? どっちでもいいけど」


 ふらふらと、ピンクの髪をした美しい少女が道を彷徨ほうこうっていれば、ナンパを引っ掛けるのは必然――そして、やはりというか、対応がまともでも夜の町には頭のおかしい酔っ払いはいてしまう……村の中であれば安全というわけでもないのだ。


「なぁ嬢ちゃん暇か!」

「ごめんなさい。忙しいですわ」

「はは、気にすんなよ!」


 まばらにしか人が通らない道。タイミングか場所によるのか、ちょうど周りに人がいない状況で2人のナンパ男に絡まれてしまった。


「えっと、すみません。用事がありまして……」

「いいじゃんかよ。俺たちここじゃ顔が広いんだぜ!」

「あんた一人だろ?」


 二人組の男が挟むようにして迫ってきて、レンナは顔を引き攣らせる。


「ホントすみません」


 さっさとどっか行こうとするも、慣れた様子で先回りされて逃げられない。


「美味しい店知ってるから」

「そうですか。では場所だけ教えると嬉しいです。いつか行きますわ」

「そんなつれないこと言うなよ」

「俺たち顔見知りだから、サービスするぜ!」


 悪質な客引きまがいのセリフにレンナの心の距離はぐっと離れて、実際の距離は無理やりにだが詰められる。


(ナンパ相手の顔見知り料理店とか怖くて行けるはずがないでしょ!)


 ナニを盛られかわかったものでない場所に自ら飛び込むバカがどこにいるのかと怒鳴りそうになる気持ちを抑えて口を開く。


「でしたら、あきらめることにしますね」

「なんでだよ。気にすんなって」


 ギャハハと笑うアホ2人に冷たい視線を向けるレンナだが、それでも諦めてくれはしない。

 走って逃げたいところであるが追いかけられたらと思うと、むしろ恐怖が増す。


(食べれる場所を探すべきじゃなかったか……でも、お腹減ったしなぁ)


 どうしようかと周りを見渡すと、黒髪の男が目に入る。


「ねぇ、助けて!」


 一瞬ピクッと体を震わすも、少しばかり速度を上げて、スタスタと歩く。


「ねぇ、待ってってば――ガゼット!」


 無情にも見捨てようとする態度にレンナが強く呼びかけると、ほんの少しばかり視線をこちらに向ける。

 すると同時に、月明かりが男を照らして茶色の髪を浮かび上がらせた。


「あっ……」


 自信なさげな様子で、状況を少しばかり思案はしてくれるも、非常に賢明な判断としてスルーされてしまう。


「ガゼッ……ト」


 黒髪の男はめずらしくないが、田舎で偶然出会う確率を考えれば……いや、前に助けてもらった幻想をもう一度見てしまっていた。


「呼んだか?」

「ひゃぁぁぁああ」


 絶望しているレンナの背後からいきなり声をかけられ、少女は思わず飛び上がる。

 金色の双眸に黒髪の男――ガゼット=アルマークがいつの間にか立っていた。

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