第6話 ミノタウロス&亡霊騎士

 部屋に入ると同時にでかいミノタウロス――バスターソードをかかげたガゼットと同じぐらいの全長のミノタウロスが振り向く。


「うっ、勝てそう?」


 思わず後退あとずさりしたレンナはガゼットに聞くのだが、相手は不思議そうに首を傾げる。


「どうやったら負けるんだ?」

「あっ……そうよね」


 今ならわかる。なぜレンナ=レイ――クソ雑魚配信者がこの場所に来れたのか。

 単純に、道中の雑魚はガゼットの存在に怯えて、身を隠していたのだろう。

 そんなガゼット相手にミノタウロスはすでに戦闘体制に入っていた。


 Guoooooo


 咆哮と共に突っ込んでくるミノタウロスが突っ込んできて、ガゼットが剣を振るう。

 ドンピシャのタイミングで頭をかち割るかと思われたバスターソードだが、ミノタウロスは左側に飛んで躱し、ガゼットの側面から襲いかかるのであった。


「ガゼット!」


 突進に飲み込まれて、押しつぶされる。

 一瞬、これで終わりかと肝が冷えるが、床に倒れたガゼットは、そのまま両足を突き上げて、ミノタウロスを宙に吹き飛ばす。

 そして、蹴り上げた反動でガゼットは身を起こすと、暴力的なまでの脚力でミノタウロスに追撃をかけにジャンプするのであった。


 Gyuooooooo


 ビリビリと響く力強い咆哮。並大抵なみたいていの人間なら、戦意がへし折られる力が伝播でんぱする。

 しかし――


 Gyaaasy


 空に舞うミノタウロスをガゼットはバッサリと真っ二つに切り分け、そしてガゼットは空中で後ろを――レンナの方へと目を向けた。


「えっ?」


 猛烈もうれつに走る悪寒。

 殺されるとは思っていないが、本能が逃げろと叫ぶ。

 そんな警戒をするレンナに向けて、ガゼットはバスターソードを投げつけた。


「ひゃああああ」


 ぶぉぉぉん


 悲鳴を上げながらしゃがみ込んだレンナの頭上をバスターソードが駆け抜ける。


 ドンガラガッシャーン


 響く金属音に思わずレンナは振り向くと、後ろでは亡霊騎士が吹き飛ばされていた。


「あっ、危なかった」


 危ないのはもちろん亡霊騎士――だけでは正直ない。

 いつのまにか隣に立っていたガゼットがバスターソードを取りにいく。


「もうちょっと、事前警告とかないの!」

「警告してもしなくても変わらん」


 あっさりと言い捨てるガゼットにむっと頬をふくらませたレンナだが、腰につけていた支棍が切られていることに気づいた。


「……えっ?」


 これは一体いつ切られた?

 投げられたバスターソードによるものか。

 それとも、後ろから迫ってきた亡霊騎士が自身を切り裂く手前の段階だったのか……


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 ぞわりと冷える背筋にレンナは落ちたホルダーを拾うとガゼットを追い、そして出口へと辿りつくのであった。


「生きて出られた!」


 ――おめでとー

 ――おめでとう

 ――おめー


「ありがとう!」


 振り込まれるお金にレンナはにっこりと感謝を告げる。

 もちろんその中には、死んどけば良かったとか、他人任せとか色々あるのだが、生きてて金が入ってくるなら問題はない。

 あの世に金は持っていけないが、人生死ぬまで金がいる。


 だからこそ、仕方ないことの割り切りはつけるしかないのであった。


「いやー、良かった。良か――」


 ダンジョンから出たレンナだが、緊張の糸が切れたのか右足が動かない。


「大丈夫か?」


 前に進もうと動いた重心に引きずられて、倒れ込んだレンナをガゼットが受け止めてくれる。


「あっ、あはは……ゴメン、足が動かないんだけど……」


 いくらダンジョンを出たとはいえ、このまま見捨てられるのは困るレンナが、ガゼットにお願いする。


「そういやゴブリンを見たってのはどのあたりだ?」

「ゴブリン? あぁ、それね……」


 元々ダンジョン外についてきてもらった理由がゴブリン退治であったことを思い出す。

 ガゼット相手に出鱈目でたらめな嘘をつくほど、レンナに胆力たんりょくはないが、それはそれとして――


「さすがにわかんないかな……」


 階層数不明のアビスフェルシアはどこまで地下に広がっているかは謎であるが、基本的には山の中にある。

 その中でも山の上部であるほどモンスターが弱く、山のふもとあたりだと、凶悪なモンスターが増える――らしい。

 レンナが挑戦した場所は、少しでも安全を期して、山の上部側から攻めたのであった。


 そして、入り口沿いには崖があるのだが、そこから見える下方の森から、ゴブリンを見た位置まではさすがにわからないが……


「そう、わかった」


 わかったのが、レンナにはわからないことがわかったのか、それとも、ゴブリンの位置がわかったのか……

 どちらにしろレンナはここで離れ離れになるわけにはいかない。


「お願い。ゴブリンのところまで一緒にお願い!」


 ガゼットの肩にすがり付くレンナだが、あっさりと振り払われてしまう。

 そして――


「ひゃっ」


 転がる前に手で持ち上げられ、少女の体はガゼットの両手の中に――お姫様抱っこの要領で持ち上げられる。


「その、さすがに――」


 口を開こうとするレンナだが、ガゼットの手から、力が抜けるのを感じて必死に手を伸ばして首元に縋り付く。


「この状態でお願いするわ!」


 そもそも、担がれるのに比べたら、お姫様抱っこのなんて快適なことか。


「じゃあ、ゴブリンのところ行くか」

「レッツゴー」


 ヤケクソ気味のテンションで下す号令。

 だが、そんなレンナにコメントは不穏な未来に気づく。すべて遅いが。


 ――あっ、バカ

 ――そういや、最初にいたよな~

 ――やめとけ! 死ぬぞ


「ん? ……へっ、ひゃあああああああ」


 いきなり感じる無重力フリーフォール

 よりにもよって、ガゼットは崖から飛びやがった。


「ばっ――ばっかじゃないのおおぉぉぉ」


 冷静に考えれば、実際一部の視聴者はわかっていた展開だが、理解できなかったレンナは落下中、絶叫を響かせ続けるのであった。

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