第26話 馬車炎上
「あっ、はふぅ……」
支えてもらうつもりこそあったが、さすがに服の中に手を入れられたまま、空の旅を楽しむつもりなどなかった。
だが、慣れとは恐ろしいもので、あまりの動揺がいっぺんに襲ったせいか、初めての空の旅も、男の手が触れている状況もレンナはすでに受け入れ始めていた。
いや、初めての空の旅だというのに感慨が薄いのは、今以上に危険な
「……なんか煙が上がってない?」
ガゼットに直接触られることも想定していなかったとはいえ、事前に支えてもらうつもりだったからであろうか?
こうしてレンナは違和感に気づけるぐらいの余裕はあった。
「だな~」
そんな違和感にガゼットも気付いていたりするのだが、全く興味のない様子で、適当な返事が返ってくる。
「いや、そうじゃなくて、何かあるかもしれないでしょ! 見に行きましょうよ」
ただの野次馬の意見に、ガゼットは相変わらず興味なさげだが、レンナのお願いに従い火元へと方向転換をするのであった。
「うーん、もしかして襲われてる?」
野次馬根性9割で近づいた火災だが、魔法によって馬車が燃やされており、今もなお攻撃を受けている。
「どうする?」
「なにを?」
事件であろう現場を見ながら、ガゼットは
襲われている馬車は火の中にあっても原型をとどめており、いまだ追撃していることから、中で籠城している可能性は高い。
「このまま放置するのは寝覚めが悪くない?」
「いや、俺はいつでもちゃんと寝れるぞ」
「それは、良いことで……」
まるで不眠症を否定するような物言いだが、今はそんな指摘をしたわけでもなければ、図太さを知りたいわけでもなかった。
ぶっちゃけたところ、レンナとしても割合どうでもいい部類のはずである。
つまるところ――
(見て見ぬふりをすべきなんだろうけどさ~)
人を心配する気持ちは人並みにはあるレンナだが、肝心のできることがなにもない。
しかしながら、今はガゼットと同伴している。
自分自身の力ではどうにもできないことだが、どうにかできる状況を見て見ぬふりをするのはやはり目覚めが悪い。
「ねぇ……助けてあげられない?」
ガゼットは一緒にパーティを組んでいるだけであり、自分の思い通りに動く道具などでは決してない。
それでも、どうしても黙っていられないレンナはお願いしてしまう。
「どっちを?」
「ごめんね。こういうのを言われても困るよね――どっち!?」
いいように使われることではなく、襲われてる現場を見て、どちらに加勢をするかで迷うガゼットに、レンナは思わず驚く。
「いや、まぁ……困ってる方を助けた方がいいんじゃないかな~って」
あはは~と苦笑いで答えると、ガゼットはそのまま首を傾げ始めた。
「はぁ……どっちが困ってるんだ?」
「う~ん、どっちだと思う」
もうちょっと、世界に興味を持ってほしいというか、何も考えずに聞き返すのはさすがにやめて欲しいレンナは頭を抱えながら言い返す。
「ふむぅ……」
思案した様子で下をみるガゼットだが、なんとも思わなかったらしく、すぐに興味を失って前を向いてしまう。
「あんた――」
勝手な期待を抱いた自身の醜さと、このまま放置して進む罪悪感に苛まれながら――レンナは現状を打破する答えに気づく。
「ねぇ、人助けって受けがいいのよ!」
「ほ、え~」
これだけではなにも伝わらないのかガゼットは、曖昧な返答を漏らすが、そこは想定通りでもある。
受けがいいかどうかをガゼットが気にするとは思えない。
しかしながら――
「受けのいい動画はみんな見たいし、その上でお布施を貰いやすいのよ! つまり、金になるわ!」
「ほう?」
全く興味のなさそうだったガゼットの瞳に欠片の興味が宿る。
人助けも、他者の好感度も気にしないガゼットであるが、金が絡むのなら話は別。
そもそも、ガゼットがレンナと共に行動する理由は金にあるのだ。
そのため、金になると提案をしたレンナはいそいそとホルダーの準備をする。
(いきなりの配信通知でどこまでいけるかな?)
実際のところ、事前告知もなしに配信したところで視聴数はあまり稼げない。
ひいてはお布施の額も少なくなりがちなのだが、助けた人側から貰えるであろうことも考えれば……最悪、自腹から少しばかり盛れば許されるだろう。
テキパキと準備を終えると、レンナはホルダーを起動して配信を始める。
「やほはろ~今はなんとペガサスの上からお届けだよ♪」
いきなりの配信――であるのだが、意外と前回のガゼットの存在が視聴者の興味を引いていたのか、最初からそこそこの視聴者が付き始めた。
(これなら、案外気にしなくていいかも?)
レンナは少なからず安堵すると、現在の状況を説明をしていく。
「今、お空にいるんだけど、なんと大変! 下では馬車が暴漢に襲われてるの!」
――俺もペガサス乗りたい
ついてくるコメントを見ながら、ふむふむと頷いていると、さらにもう一つコメントが流れてくる。
――レンナちゃんが助けるの?
「さすがに、そんなわけないよ! ――誰が助けるかなんか決まってるじゃない!」
――誰? 誰も居ないけど?
「誰って、そりゃ――そりゃ!?」
見れば分かるはずのことを聞く視聴者に、レンナは素っ頓狂な声をあげて思わず振り返ると後ろには本当に誰も居ない。
「やっぱ、あいつ頭おかしいんじゃないの?」
知ってた――といえば知ってた。
それでも、空高く飛ぶペガサスから、なんの躊躇もなく飛び降りるのはやめて欲しい。
そもそも、配信をするって説明はしたんだから、せめてホルダー映りぐらいは気にしんしゃい!
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