第68話 おしゃれなカフェにて
「どうぞ。ここのお茶は評判がよろしいのですよ」
「そうなんですか! ありがとうございます!」
お茶の評判なんぞ、庶民であるレンナにはまったく知るはずもなく、珍しい体験にティーポットに入ったお茶を嬉々として譲ってもらう。
「ガゼットさんもどうぞ」
「んっ」
間違っても一口では食べるなと言い聞かせられたガゼットは、スコーンをゆっくりと頬張りながら、入れてもらったお茶を飲む。
食べている間は静かなことに、レンナも嘆息しながらお茶を飲んでいく。
「あっつ」
「少しばかり、冷めるのを待ってからの方がよろしいかも知れませんね」
遅いタイミングでアドバイスをされる中で、ガゼットはごくごくと飲み続ける。
もっとも、まともに気にするだけ無駄なので、レンナも早く本題へと切り込んでいく。
「このような場所は初めてなので、教えていただきありがとうございます。その上で、用事とは一体何なのでしょうか?」
ガゼットに口を開かせるとろくなことにならないが、ガゼットが黙っている時間などスコーン2個分の時間だけで、雑談で無限に時間を過ごすわけにはいかない。
「それは、私――命を狙われているんです」
「そうですか。だけど、そのような依頼ってギルドに出すもんじゃないです?」
いくらなんでも貴族の護衛任務はガゼットには荷が重い。
護衛能力は満点よりさらに上をいくが、一緒にいるストレスは下のさらに下をいく。
だが、ギルドにお金と一緒に出せば依頼ランクを上げて優秀な人を雇うことができる。
討伐難易度に応じた依頼であれば、ガゼットのような無法者が強引に依頼をこなすケースもあるのだが、護衛任務であればそうはならない。
もっとも、そんなレンナの疑問に答えるよりも早く、ラスティーナは半ば乗り出す形でガゼットに詰めよる。
「ガゼットさんですよね! 私を助けてくれたのは!」
「……助けたの?」
「知らね」
ガゼットの過去について、レンナとして知らないため、いつどこで助けたのかがわから……な……
「もしかして、馬車の?」
「はい、あの時に入っていた者でございます」
ラスティーナが頬を赤らめて恥ずかしそうにいう。
とりあえずこの様子だと、馬車をぶち壊した怒りの弁償要求とかではなさそうであった。
「いったい、なにに狙われたら、あんな盗賊団に襲われるんですか?」
「それは、信じてもらえるかはわかりませんがいいでしょうか?」
「まぁ言ってもらえないことには何とも」
「実は悪魔が原因なのです」
「はぁ……」
いきなり悪魔と言われても反応に困る。
悪魔と言っても一概に色々おり、全員が全員に害意があるわけではない。
例えば最近の事例だと、2人を吹っ飛ばした
悪魔とは、世の宗教が言葉を話す我々こそ立派な種族の人間であって、そこから外れて言葉を話す魔物を悪魔と定めたにすぎないのだ。
「どんな悪魔なんです?」
「信じてもらえるかはわかりませんが……その、人型の悪魔です。人と同じような言葉を話し、人と同じような見た目をして、ですが、背中に羽の生えた子供みたいな悪魔」
「そうですか……」
なんというか、ちょうどそんな感じの悪魔をめちゃくちゃ最近見たレンナは世界の狭さに疑問がよぎる。
「ひょっとして、その悪魔って女の子で『キャハッ☆』っていう」
「知ってるのです!?」
「もしかしたら、見たことがあるかもしれません。しかしながら、何故命を狙われていると?」
あの子は確かに危険だとはレンナも思っている。
無邪気に人を殺せるタイプであろう。だがしかし、殺そうとすると言った表現はレンナの中では結びつかなかった。
「その、直接言われました」
「直接?」
「信じてもらえないかもしれません。ですが、だからこそ護衛を探しています。一緒にリヴェルハイムに来てもらえませんか?」
「無理だな」
真剣な表情でお願いするラスティーナ――2人の目的地に一緒に来たがる少女に対してガゼットが無慈悲に断る。
「そんな……」
「というか、なんで?」
面倒事が増えるのは確かだが、ガゼットが面倒事を面倒事として認識できるのかはかなり怪しい。
「俺はこのパンを超えるパンを食べるんだ!」
「もしかしてあんた……」
1個目を食べ終わり、レンナの渡した2個目のスコーンを
確かにパンを食べにいくために都会へと行くと言っていたが、そもそも、都会=リヴェルハイムなのである。
つまり、ガゼットは都会に行くことは覚えていても、地名までは覚えていなかった。
「お願いします! 言い値で払いますから!」
「いや、ちょっと待ってください……ガゼットはなにしてるの?」
まずは誤解を解くのが先のはずだが、当のガゼットは自分の指と真剣に睨めっこしながら、なにやら物騒なカウントを始めていく。
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、
「ガゼット?」
「9999秭9999垓9999京9999兆9999万9999イェンでならいいぞ」
「……」
困った様子でレンナに助けを求めた視線を送るラスティーナだが、一体どちらが悪いのか……
言い値で払うとは、余計な減額交渉をしないという意味で、決して国家予算規模を超えた金を払うわけではないのだが、そんな常識が通用する世界では生きていない。
「あなたに提示できる額はおいくらですか?」
「そうですね、100万でどうでしょうか?」
「乗った!」
「……無茶苦茶か?」
言い値と言われたら、言える限界値を吐き出す馬鹿だが、100万程度で満足するようだ。
(いや、100万は金額として十分に部類かな?)
だとしても、もうちょっとまともな人に頼めばいいのにとは思わなくもない。
「じゃあ、早速契約といこうか」
「あんたねぇ。もうちょっと、話を聞いてから――」
「無理だな」
いくらなんでも、受けない検討も含めて話をすべきだと思うレンナなのだが、すでにもらったスコーンを食べ終わったガゼットは立ち上がる。
さすがに雑がすぎる態度を戒めようとレンナも立ち上がるのだが、なぜかいきなり抱きしめられた。
「ちょっ、なんのつもり!?」
左手を腰に巻き付け、まるでラスティーナに見せつけるような行動に、レンナの理解――いや、誰の理解も追いつかない。
いきなり始まった破廉恥行為に動揺しているラスティーナに向けて、ガゼットは右手を伸ばすと、何故か胸ぐらを掴んで持ち上げ始めた。
「な、なんですの!?」「ガゼット!?」
明らかに不審を超えた異次元レベルの常軌を逸した行動に周りの視線までぶっ刺さる。
(ガゼット――信じていいの?)
あまりに意味が分からないを超越した行動だが、ガゼットの行動に意味がない訳ではない。
常人には理解できないが、それなりの理由はある。
問題はあとから理由を聞いても納得できない場合があるのが最大の欠点だが……
持ち上げたラスティーナは早々に右側に投げ捨てられ、店内は投げられたラスティーナと抱かれたレンナを見て、派手な痴話喧嘩だと誤解を始めていく。
もし、これらの行動理由が注目を浴びたかったのであれば、殺してやろうとレンナが決心をすると同時に、ドアの方向からドカーンという低い音が響いた。
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