第31話 盗賊撤退戦線

 後ろで叫ぶ大男の声を無視して、ガゼットは追撃の意思を見せてのけるが、それでも盗賊団のメンバーは動きを止め、緊張に身を固めながらも攻撃をやめる。


「降参だ!」


 ガゼットはバスターソードを引っこ抜きながら、大男をチラリと見て……そして隣に目を向けた。


「降参? つまり、首を差し出す覚悟はできたと言うことだな」


 隣側の魔道士がすでに魔法の準備をしている中で降参の意図を聞くと、この団のトップである大男は肩をすくめる。


「流石にそれは勘弁してくれ。我々は――ここで撤退する!」

「「「リヴェル・ファイ!」」」


 複数の声がとどろき、大地の向かって魔法が放たれると砂煙が舞う。


「ふぅ……逃したか」


 もくもくと煙が舞い、ガゼットはバスターソードを振り下ろす。


 ギュルゥルルル――ぐしゃっグシャグシャ、バキッ、ガッシャーン


 ガラガラガラと何かが壊れる音がすると、どこからともなく声が響いた。


「一つ聞いていいか?」

「ん? 逃げないのか?」

「そんなまさか」


 砂煙に紛れて撤収を進める盗賊団のボス――大男がガゼットに質問する。


「今のゴーレムをどうやって壊した?」


 逃げる隙を作るため、地面に魔法を叩き込み、目眩しついでに、足止めを兼ねたゴーレムを作成する高等魔術。

 馬車から誘拐するための最後の悪あがきが一瞬で潰された驚きに、大男は悔しまじりに聞く。


「知りたいなら、お前の肉体に教えてやろうか?」

「いや、そうだな。一生知る機会がないことを祈ろう――」


 そういうと、だんだんと人の気配が消えていった。


「ふむ……もしかして、この状況でやるべきはゴーレムの破壊ではなかったのでは?」


 この程度の砂嵐が舞っている程度で、あの雑魚は何をしたのかが気づかなかったらしい。

 それは、もしかしたら配信にも同じことが言えて、人助けと認識されない可能性に悩み始める。


「……まぁいっぱい助けたし、別にいいか!」


 一瞬の間だけ考えた配信映えだが、何一つ分からないガゼットは考えるのを諦めると、レンナを探し始めるのであった。



「やばすぎでしょ……」


 空で配信していたレンナは砂嵐が舞う今の状況はよくわからないが、それまでの状況であれば、しっかりとわかっている。


 ――女の子両足蹴りはやりすぎ

 ――老人の両足蹴りもやべぇよ

 ――そもそも両足蹴りをできるのがやばいだろ、いい加減にしろ!


 コメントは今回見せた超攻撃的曲芸に大盛り上がりを見せており、予告なしの配信だというのに、しっかりとお布施も入ってきていた。


 投げた女の子に両足蹴りをかましたり、外した剣の反動から両足蹴りに移行したり、異常しかない光景――両足蹴り以外も異常だらけだが、話題は全てそこに奪われてしまっている。


「大丈夫――よね」


 大量の砂埃すなぼこりに何かが崩れる音――普通なら心配をすべきであろうが、ガゼットを心配する必要があるかで少し悩む。


 ――早く助けた方が良くね?

 ――ガゼットが困ってたら、めっちゃ笑える

 ――いや、馬車の中に人いるよね?


 ――――――あっ!?


「あっ!?」


 襲われている人を完全に忘れていたレンナは、ペガサスをガゼットの方から馬車の方向に変えて馬車へと近づこうとするが、高度を下げたペガサスはすぐに上昇する。


「どうしたの!? 降りなさい!」

「なんでだ? 早く次の街に――」


「ぎゃあああああああ」


 いきなり背後から声をかけられたレンナは、叫びながら振り向くと、なぜかガゼットが後ろにいた。


「一体いつの間に!」

「君が乗せてくれたんじゃないか!」

「はい!?」


 驚きのあまりレンナは意味を理解し損ねるが、ガゼットは気にせずペガサスに高度を上げるように指示する。


「あんたねぇ……なにあれ」


 砂嵐が晴れ、壊されたゴーレムの残骸――切り傷ではなく、握りつぶされたように見える残骸が目に入ったレンナは思わず質問を変えて聞く。


「敵が出したゴーレムだよ。やっぱ、見てなかったか……」


 しょぼーんとするガゼットに、コメントでは擁護ようごの声が増える。


 ――ちゃんと見てたよ!

 ――凄かった!

 ――強すぎる


「あぁ、人助けしたところ見てくれたんだね――じゃあ、ちゃんとお金くれる?」


 ホルダーに表示されるコメントを見て、今まさに馬車の中にいる人を見捨てて次の街に行こうとする男が聞く。


 ――う、うん。もちろん

 ――いくら払えばいいですか?

 ――許してください。命だけは……


 ニッコリと笑うガゼットの表情――そこに添えられるレンナの怯える顔。

 ホルダー越しに殺気は伝わらないが、はからずしも、ちゃんと稼げていなければどんな目に合わされるかわからないレンナの恐怖に怯えた表情が、雄弁にお布施圧を伝えてしまう。


「これが人助けか!」


 ホルダーにはコメントと共に、お布施が入り、ガゼットは満面の笑みで喜ぶ。


(単純に、ノリと恐怖ってのが全ての気もするけど……)


 そもそも、ここから馬車を見捨てていけば、人助けどころではなくなるのだが……


「えっと、どうする?」

「どうするって? 早く次の町に行こうぜ!」

「あんたねぇ……いや、いいのかな?」


 遠くから近づいてくる団体――ぱっと見に騎士団のように見える存在に、レンナはガゼットをたしなめようとするのをやめる。


「ほら見て、ちゃんと助けは来てるみたい!」


 騎士団を移すようにホルダーを向けると、レンナはすぐに自分を写す。


「ということで、今日はここまで。また次回の配信を楽しみにしてね~」


 お布施自体はまだ投げられていたりするのだが、これ以上ガゼットの傍若無人っぷりを配信している方がまずい。

 レンナは素早く配信を切り上げると、一息つく。


「とりあえずなんとかなったかな」


 ぐで~と力を抜くレンナを、ガゼットがギュッと支える。

 普通にしている分には安心なのだが、ちょっとでも異常な状況に置かれると、解決能力の高さから、想像に絶する状況を引き起こしかねない男に、呆れながら身を預け……


「ふぅ~……ん?」


 ふと違和感に気づいたレンナはガゼットの方に振り向く。


「ねぇ。ペガサスって乗ってる人の魔力を奪うのよね?」

「ん? 飛ぶ時だけだぞ?」

「今って、飛んでる時――だよね?」

「……? だな」

「そうね。もしかして、空を飛んだら以降は魔力要らなかったりする?」

「安定軌道に乗れば、要らないみたいだよ」

「――だったら、なんで安定軌道に入った後も、私の服に中に手を入れてたのよ!」



 意味もないセクハラを続けられていたことに気づいたレンナは、目を三角にして文句を言う。

 しかし――


「君がして欲しがったんじゃないか……」

「なっ!?」

「ずっと手を押し付けてきたのそっちだろ?」

「そんなこと――」


 ……あったな。


 下手なことをさせないために、覚悟を決めて押し当てていたことを思い出す。

 さらに言えば、途中で負担を感じなくなったのは、慣れたからではなく――もしかして魔力を注がれなくなったからか?


「ちゃんと――ねぇ」


 情報伝達能力に欠けているのは今更であることを考えれば追求するのも馬鹿らしい。


「わかったわ。私が落ちないように支えていてね」


 ガゼットの両手を奪い、自身に巻きつけると、体重をかけていく。


「もうすぐね」

「だな~」


 見えてきた次の街に2人はペガサスの上で穏やかに過ごすのであった。

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