第2話 弱さはツミ

 全速力で駆け抜けたレンナは、なんとか一息つくと背中のバッグから、予備の転送用魔道具を取り出す。


「えっ? 起動しない!? どういうこと?」


 一刻も早くここから出たいレンナだが、先程の場所に戻るわけにもいかない。

 そのため、必死に魔道具を起動しようとするのだが、全く上手くいかないのであった。


「……ホルダーはついてる?」


 偶然ぐうぜんコメントが目についたレンナは、腰につけた棍支自撮り棒を外し、配信装置のホルダーに目を向ける。


 ――大丈夫か?

 ――死ぬかと思った。

 ――ってか大丈夫じゃなくね?


「魔道具は使えないわけではない?」


 ホルダーに流れるコメントを見て、レンナはなんとか息を吐くと再度転送魔道具を起動させようとする。


「戻れないんだけど……」


 ――やばくね?

 ――大ピンチ?

 ――レンナちゃん……?



 現状の危険度合いに気づいたコメントがザワザワと騒がしくなっていき、レンナも思わず慌ててしまう。


「ねぇ。なんで、無理だって……」


 必死に起動しようと転送魔導具を弄ってみせるが、うんともすんとも言わない。


「どうして……なの?」


 恐怖を抑えつけながら、レンナは原因について必死に考えていく。


(もしかして、あれは壁だったのかしら?)


 来た道を脳内で辿り、一つの可能性が浮かぶ。

 転送魔道具はダンジョンが外へと繋がっていないと使えない。

 例えば、出口を塞がれたりすると使えなくなる。

 他にも、事故でダンジョンが崩壊などすれば、外に出ることは叶わない。

 逆に、そうでなければ可能なはずであるのだが……。


「閉じこめられたわけじゃないのなら、あの壁は――」


 ミノタウロスの部屋から逃げたのだが、空間的には開いていても、魔道具の認識範囲としては実は閉じていた……とか?

 だからこそ、肉体をダンジョン外に出す転移魔法が使えないだけで、別次元に空間の情報を保存する魔法では仕組みが違うため問題なく使える。

 そう考えれば、配信ができている仕組みに説明がつく。


「……ほんとか?」


 説明がつくだけで、実際は不明。

 だが、そうやって解けない疑問に頭を悩ませていると、長方形の板――ホルダーにはコメントがさらに速いスピードで流れていた。


 ――逃げて!

 ――後ろ、後ろ

 ――やばいって!!!


 ホルダーに表れるコメントを見ると同時に、レンナは目を見開く。

 うしろ、うしろと注意喚起が流れるコメントを見ながら、どこか自嘲じちょう気味に笑う。


「後ろから、何きてるの?」


 万能ではないが、それでもレンナは空気の流れや感覚だけで大体の物事を把握はあくできてしまう。

 後ろから、それなりの数のモンスターが来ているのは感じられる。

 だが、それ以上に――前からゴブリンが迫っていた。


(終わったかな?)


 この窮地を脱する術を彼女は知らない。


 レンナ=レイ――職業、配信者


 ダンジョンの中で配信を生業とする者たちは他の職業と比べ、負傷数、死亡数ともにトップである。

 それでも、なろうとするものは後を絶たない。

 身一つでなろうと思えば簡単になれて、初心者の稼ぎが比較的に高いのも、この職業の特徴である。

 一攫千金いっかくせんきんを狙った馬鹿が幾度いくどとなく現れて……そして散っていく。


「くっ、やらかした!」


 前方にゴブリンの群れ、後方にはコボルトの群れ。

 レンナは最悪の状況に頭を抱える。


「はぁ……あはは~、詰んじゃいました。かな?」


 手に持っていた棒――支棍を腰につけてホルダーを固定するとナイフを取り出していく。


「戦うしかない――か」


 ピンク色の髪を結び、レンナはナイフを構えると、コボルトを無視して、ゴブリンと向き合う。

 ホルダーの先にいる視聴者――ダンジョン配信の需要にはいくつか種類がある。

 一つは、知的好奇心――ダンジョンについて知りたい人。

 一つは、感動の共有――ダンジョンをクリアした達成感を一緒いっしょに味わいたい人。

 一つは、それは残虐な嗜虐しぎゃく心――ダンジョンでやらかした間抜けが、魔物に殺されていくこと。

 ダンジョン配信はそれらまで含めて、コンテンツであった。


 配信視聴者とは場合によっては生徒で、仲間で、そして、残酷な第三者である。

 事実、流れているコメントは危険を心配する声だけではなく、うなじについて話しているコメントまである始末――命がかっている少女の目には入らないが。


 Guraaaa


 少女の戦闘体制に応じるように、ゴブリンたちは棍棒を構えると襲いかかる。


「たぁ!」


 襲いくる棍棒を躱し、さらにはナイフで切り付けて牽制を行いながら、多対一の中で一体一体を意識して着実に流していく。

 倒すのではなく流す。


 ナイフが短いこともあり、交戦は徒手空拳とあまり変わらなく、切り傷をつけながら、押し流すといった様相で立ち回って致命傷を避けていく。


「はぁっ!」


 あと十分も持たないが、それでも一分一秒を長く生きようとあらがう。


「はぁあああ!? ――ひっ」


 後ろから迫るコボルトをいなして、ゴブリンと向き合ったレンナは心臓が掴まれるような恐怖を感じた。


「っ!? きゃぁぁあああ」


 恐怖ににらまれた少女はゴブリン相手に手間取ってしまい、背後から襲うコボルトの攻撃を許してしまう。

 痛む背中を我慢がまんしながら、なんとかコボルトを振り払ったレンナだが、次は後ろに残したゴブリンがレンナの膝裏を棍棒で叩き、地面に崩れ落ちてしまうのであった。


「あっ、いや……」


 なんとか地面を転がり、追撃を避けるも、転がった先にはゴブリンの群れ。


「いや、やめて」


 まとめた髪は土が混じってドロドロになり、彼女の服はゴブリンやコボルトの返り血とどろが混ざりあって、みずぼらしく汚れてしまっている。


「いや……死にたくない。助けて……」


 心の底からの本音――そして、なによりもありきたりな言葉。

 忸怩じくじたる思いを漏らしたレンナはコメントを見て――助けを求める対象を間違えたことに、思わず苦笑してしまった。


 ――間抜け

 ――可哀想

 ――守銭奴しゅせんどの成れの果て、ざまぁ見ろ!!


(そりゃそうね。何をいってるのやら)


 罵倒半分応援おうえん半分のコメントにレンナは思わず笑ってしまう。

 一体何を求めていたのか。ダンジョン配信が見られる理由は、自身が安全な環境で非日常を体験することにある。

 初めての場所、手に汗握る戦い――そして、モンスターに無惨に殺されることまで含めた娯楽ごらくなのだ。

 道化だと馬鹿にされて笑われても、金欲しさにやっている。

 あの世でお金は使えない――それでも、死ぬまでお金は必要なのだ。


(助けてもらうんじゃない。何としてでも生き延びるんだ!)


 レンナは自身を奮い立たせると、全身に力を入れて体を起こす。


「がはっ」


 もっとも、立ちあがろうと浮かした体はゴブリンの蹴り込む隙を与えたにすぎなかった。


(げほっ……もう、無理……)


 これから始まる残酷ショーの開幕とばかりにゴブリンは棍棒を振り上げる。

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