第65話 引き落とし
「寝れてしまった……」
目を開くと同時に差し込む日差し。
寝た気は全くしないレンナだが、瞬きする間に太陽が昇っているあたり、時間跳躍に目覚めてでもいなきゃ、眠っていたのだろう。
「寝てる間にいたずらされたとか……ないよね?」
髪を纏めながら体を起こすと、自身の肉体をペタペタと触って様子を確認していく。
むしろ、逆に何もされていないのは失礼な気もするが、されたいわけでもない。
安堵と不満の2つを抱えながら、レンナは起き上がると、外に出るための着替えを終えて、鍵の壊れたドアを開けると部屋から出ていくのであった。
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「なんか、申し訳ないわね」
鍵のことを宿の店主に話すと、老朽化の可能性も踏まえて謝ってくれながら、無償で直してくれるらしい。
馬鹿がぶっ壊しただけなのだが、ドアが蹴破られていたのならまだしも、鍵が壊れただけなので、そういう判断になったそうだ。
陽の光を浴びながら外を歩いて目的の場所を見つける。
「これ以上、鍵をぶちあけられても堪らないからね」
そういってレンナは教会の中へと入っていく。
朝多くの人が詰め寄る場所で、たくさんの人がお祈りをする行列の波に抗い、レンナは窓口へと移動する。
「あの、残金の確認をしたいのですが」
「現在お祈りの時間ですので、そのあとにお願いします」
ぴしゃりと遮断される受付の対応にレンナはため息をつく。
お祈りの時間に受付にいるあんたはなんなんだ! と言ってやりたいが、お祈りを理由に事務処理を少しでもサボりたいだけなのがわかるので、どうしようもない。
暇つぶしに祈るかどうかを迷い、人の行き来が激しい講堂の入り口で中に目を向ける。
ありがたくも役に立たないセリフを神父が述べ、それを嬉しそうに聞く信者たち。
何人がこのありがたい言葉を実践し、理解し、人生をよき道へと変えているのかが気になるが、聞いている本人たちはなんの気にすることなく、耳を傾け祈り続けている。
もっとも、みんながみんなそこまで暇なわけでもなく、好きなタイミングで出ていったり、または中に入ってきたりしていた。
「おっ? 今ならいけるかな?」
祈りの時間であることには変わりないが、受付が変われば対応も変わる。
「すみません、残金の確認をしたいのですけど」
「わかりました。照合をいたしますので、証明になるものをお出しください」
「これを」
レンナは神具たるホルダーを差し出す。
ちなみに、神具だけあって、ホルダーはかなり頑丈にできており、無くした話は聞いても、壊れた話はあまり聞かない。
さすがに黒炎を直撃で受ければ壊れただろうが、そうでなければ……
(そう考えると、新しく買った
亡霊騎士に切られてから、新しく買い直していた
正確には、風圧でレンナの腰が壊れるのを防ぐため、ガゼットが支えていたのが壊れなかった主な要因だが、そんな細かいところまでレンナは見ていない。
「照会終わりました。これが更新金額となっております」
ホルダーを渡されたレンナはそのまま何ともなしに、ホルダーに表示された金額を見る。
「えっ!? さん……」
不審な行動を取るレンナに、訝しげな目が向けられるが、なんとか抑えてホルダーに表示される数字を確認する。
(一、十、百、千、300万!? あぁ、イェンかディールに直せば2万か、それでもでかいわね)
2万ディールも十分にでかい金額だが、やはりイェンでの表記にはインパクトがあった。
「とりあえず、1万ディールで引き出してください」
報酬金額は配信の稼ぎの半分――ワイバーンの討伐だけで、これだけの稼ぎとなるのはレンナとしても驚きである。
(まぁ稼げた理由はほとんどスターレインのおかげだけど……)
コメント欄を見るに、スターレインはそれなりに有名なようで、そこにガゼットの存在を加えたことが大金のお布施へと繋がった。
本来ならばチーム・スターアサルトとして組んだ分のお金を払うのは筋ではあるのだが、スターレインに対するガゼットのヘイトが高まり、ミレイスターからは顰蹙をかう未来しか見えない現状、黙っておくのが一番の気はする。
「申し訳ありません。引き下ろし限度額は最大100万イェンとなっております」
「では、それで」
「かしこまりました」
2万ディール――ガゼットに払う金額を差し引けば1万。
ここら数日でこれだけの大金を手に入れたわけだが、じゃあこれで遊んで暮らせるかと言われればそんなことはない。
「100万ディールは欲しいなぁ……」
レンナ=レイ――彼女は配信者ではあるが、生涯を配信に捧げるつもりはなかった。
大金を稼ぐ手段の一つとして、配信といった選択肢が上がり、憧れという感情によって選んだだけである。
そんな少女の夢は大金を稼いで後顧に憂いのない余生を過ごすこと。
「でも、いつかは行けるかも?」
浅はかな考えによって、命を失いそうなことはこれまでにもいくつもあったが、それでも続けてきた結果、光明が見えた。
もし、このまま稼げたら、将来は――
「では、どうぞ」
渡されたのは100枚の紙幣――1万イェンの紙の束にレンナは戸惑う。
「えっ? ちょっと」
単位が違うことに文句を言おうとして、限度額である100万イェンでの引き落としに同意したことを思い出す。
「これだから、田舎は……」
これから向かう先が都会だというのにイェンで渡すなど……それはそれとしてガゼットはこの単位で物事を考えるため、渡すと考えた場合は正しいのかもしれない。
それ以上に――
「これを持って歩くの?」
ずっしりとのしかかる重みに周りの目が一気に怖くなり、そそくさとポーチに片付けるレンナは教会から出るのであった。
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「よぉ」
不審な行動を犯さないように気を付けながら、恐る恐る教会から出た瞬間に声がかけられる。
「ひゃぁ……ガゼット? どうしてここに?」
「おまえこそどうしてこんなところに?」
嫌そうな顔で聞くガゼットに『あんたの大好きなお金を引き落としてたのよ』と言おうとして悪臭に気付く。
「なんでワイバーンを持って……あぁ、そういうこと?」
「ギルドに討伐が終わったことを言いに行こうと思ってな」
「ここって宿とギルドの間から外れた位置にあるよね?」
「レンナが居たからな」
だとしても、なんでここに? といった疑問は拭えないが、まぁガゼットだしで終わる気もする。
「でも、ちょうどよかった。私もついていくわ」
「どうぞ」
巨大というには萎んでしまった、平均よりも大きいだけのワイバーンを持つガゼットに会えたのはレンナとしてもちょうどいい。
ガゼットがギルドに向かう。それはつまり争いの合図。
ギルドに騙す意図はないだろうが、今回のワイバーンの件は絶対に一悶着を起こすのは目に見えていた。
(いざとなったら、この手に持った札束で殴って黙らせる!)
今回の報酬金額が30万イェンで済んでいるため、ギルドがどれだけ出し渋ろうとも問題なく対処できる。
「30万イェン!?」
「どうかしたか?」
「いや……」
やっす! あれだけ危険な依頼が配信で稼ぐ金額の10分の1!? 合同チームだったことを考えれば15万イェン。
世界の歪さに驚きを感じながら、2人はギルドへと足を運ぶのであった。
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