第150話 陣形形成

 ダンジョンのトラップは回避できたが、クロエの心のトラップを見事に踏み抜いてしまったオレが見たのは、今まで見たことがないほど冷たく刺々しいクロエだった。


 あんなクロエは初めて見た。クロエの新たな一面が見れて嬉しいとは、とても思えないほどだった。自分で言うのもアレだが、オレがクロエに恐怖を感じるなんて異常事態だ。それだけクロエにとって、触れられたくなかったところだったのだろう。


 軽い気持ちでクロエの心の柔らかいところに無造作に触れてしまったことに後悔する。


 オークが現れたことでうやむやになってしまったが、ちゃんとクロエと向き合わなくてはいけないだろう。


 だが今は――――。


「GAAAAAAAAAAAA!」

「GUUUUUUUUUU!」

「VOOOOOOOOOOO!」


 迫るオークどもをどうにかしないとな。


「オーク、数六! アーチャーとキャスターはこちらで処理する! イザベルは魔法を温存!」


 オレはパーティに指示を出しながら、素早く収納空間を展開する。真っ黒な底の見えないどこまでも黒い空間が、現実を塗りつぶすように顕現する。まるでそこだけ世界から切り取られたかのような光景だ。


 ダダダッ!!! ダダダッ!!!


 腹に響く重低音が高速で六つ。撃ち放ったのは、ヘヴィークロスボウによって収納空間に撃ち溜められた特製のボルトの三点射撃が二度。ボルトは飛翔音すら置き去りにして、即座にその咢を開く。


 パァンッ! パァンッ!


 響いたのは、まるで水袋でも弾けたような、湿りけを帯びた破裂音だ。見れば、奥に居た弓を持った軽装なオークと、まるで邪悪な呪術師のような恰好をしたオークの頭部がない。その体はまだ頭部が無いことに気が付いていないのか、一歩二歩と走り、態勢を乱してそのまま崩れ落ちる。


 崩れ落ちた二体のオークの体は、ドクドクと未だに脈打つ鼓動に合わせて、白い煙を首から噴射している。


 これで、オークの残りは四体だ。


「オレは右を貰うぞ!」


 迫りくるオークの集団。オレはその中の右の一体に狙いを定めた。


「じゃあ、あーしはひーだり!」


 初めてのレベル4ダンジョンのモンスターとの戦闘だというのに、ジゼルの声は明るく、余裕を含んでいた。いや、楽の成分もある。ジゼルは、オークとの戦闘を楽しみにしているようだ。オレにもあんな自信が欲しいところだな。


「では、わたくしは中央を!」


 左右のオークはジゼルとオレが。残る中央の二体のオークはエレオノールの担当だ。初めてのオーク戦。しかも二体が相手だというのに、エレオノールの瞳に迷いはない。頼もしいね。


「お前たちの相手はわたくしです!」


 いつものポヤポヤした喋り方はどこに行ったのか、モンスターを相手にするエレオノールは、いつもよりもキリリとしている。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 エレオノールが前に出て、盾にショートソードを叩きつける。響く金属音に、オークたちの視線がエレオノールへと集まった。


 エレオノールはオレたちの最前線に居る。四体のオークたちは、まずはエレオノールを排除しようとするだろう。


 先頭のオークが、エレオノールに向けて斧を振り上げるその瞬間――。オレとジゼルは、それぞれ狙いを定めたオークへと疾走する。


 ギャリリッ!


 つんざくような金属音を響かせて、火花を散らしながら、先頭のオークによって振り下ろされた斧が、エレオノールの掲げた盾の上を滑っていく。


 受け流し。エレオノールは角度を付けた盾で攻撃を受け、その力の方向を絶妙にずらしたのだ。


 全力の一撃を受け流されたオークは、もはや死に体だ。いや、その大きな体が邪魔なせいで、後続のオークたちがエレオノールに攻撃できない分、オークたちにとって害悪ですらあったかもしれない。


 そんな隙だらけのオークに対して、エレオノールは敢えてカウンターを放たない。


 オレとジゼルは、エレオノールとオークたちの攻防の隙を突いて、それぞれ狙いを付けていたオークに躍りかかった。


 さすがのレベル4ダンジョンのモンスターとなると、簡単な視線誘導だけでは隙を作れない。オレとジゼルの奇襲攻撃は簡単に受け止められてしまう。だが、オレとジゼルの攻撃を受けたオークたちをエレオノールから引き剝がすことに成功する。


 オレは、連続でバックステップを踏み、オークの集団から距離を取った。


 オレの攻撃を受けたオークは怒り心頭なのか、オレを目掛けて走ってくる。オレたちの目論見通り、オレとオークの一対一が成立した。おそらく反対側では、ジゼルが同じことをしているだろう。


 そして残されるのは、斧を振り切った死に体のオークと、三方向の敵に対してどうすべきか一瞬の逡巡をみせる四体目のオークだ。


「やぁっ!」


 そして、温められていたエレオノールの剣が、ようやくその銀線をみせる。その狙いは、四体目のオークだ。


 死に体の、確実に攻撃が決まるオークを攻撃するよりも、四体目のオークの注意を自分に引き付け、戦場をコントロールすることにしたのだ。


 これで、作戦通りオレとジゼルが一対一に持ち込み、残りのオークをエレオノールが引き付ける形が整う。あとは、オレとジゼルがオークとの一対一に勝ち、人数差を作って戦闘で優位に立つだけだ。


 走りくる大柄なオークを見て、ギュッと右手の剣を握り締め、オレは勝利を誓う。


 この作戦は、オレかジゼルが、オークとの一対一を制しなければ成立しない作戦でもあるのだ。油断なくいくぞ!

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